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私を抜いた話し合いをしたいらしく、ローザリンデとヴァレンティーンは神殿に残った。
全員、満面の笑みを浮かべていたのが、何故かとても恐ろしい……。
「疲れたみたいね、アリッサ。家でゆっくりしましょう」
「そうね……一度にこれだけの男性と話をする機会なんて、もうなさそうな気がするわ」
「そうじゃのぅ……御方様は心配性じゃからな。まぁ……御方様の心配もわかるぞ? アリッサと来た日には見事な人誑しっぷりじゃて」
「えぇ……人誑しっていうのは、主人みたい人を言うんです」
反射的に膨れっ面をしながら返してしまった。
夫がぷにりと頬を押してくるまでが一連のやり取りなのだが、それがないのが、少しだけ寂しい。
「それにしても最愛の称号剥奪が叶いそうで、ほんに良かったのぅ」
「全くよね。酷い話をよく耳にしたもの」
「そんなに酷かったの?」
「うん。大迷惑問題児三人衆って呼ばれてるよ」
「うわぁ……」
大、がつくあたりに、酷さを強く感じる。
「奴らのお蔭で貴族の末っ子に対する風当たりが強くなったくらいじゃからなぁ」
末っ子風評被害だ!
厳しくも愛されて育った貴族の末っ子ならば、良い子の方が多いだろうに。
「ん? エルメントルートって子は末っ子じゃなかったような……」
「下にいた双子を虐め倒して、両親に養子へ出す決断をさせたからのぅ。恋人が末っ子で甘やかされているのを見て、羨ましくなったっていう理由で虐げたのじゃよ。だからまぁ、周囲は嫌々末っ子扱いしとるの。当然公式では違うがなぁ」
「フランツィスカを追放したのもエルメントルートなんだよね。魔の制御師ってほんと! 趣味悪いわぁ」
肩を竦めて雪華が語るのは、悲劇の伯爵令嬢フランツィスカ追放物語。
魔の制御師は昔からころころと最愛を変えることで有名だ。
そんな魔の最愛の中でも、エルメントルートは飛び抜けて悪名が高い。
もともと性格の苛烈さで目をつけられていたらしいエルメントルートは、社交界デビューの年に、最愛の称号を得て暴走した。
自分より爵位が低いにもかかわらず評価が高かったフランツィスカの家を脅し、汚名を着せて王都より追放させたのだ。
フランツィスカは幼い頃より火の制御師の寵愛が深く、炎を自在に操る力を巧みに制御して、領地の治安維持に貢献していた。
どちらかと言えば幼げな容貌で性格も実に温和だったが、モンスターと戦うときには常に最前線にいたという。
次代を担う優秀な貴族として、社交界でもその名を広く知らしめるはずだった。
だがよりによって、社交界デビューの会場で。
エルメントルートはフランツィスカに冤罪を着せて、平民へと貶めたのだ。
フランツィスカが抵抗しなかったのは、相手の爵位が上だったのと、友人たちのデビューをそれ以上穢したくなかったからだという。
王や高位の貴族は止めなかったのかと思うが、止めなかったんだろうなぁ……。
あの王や寵姫なら、面白い芝居とでも受け取った気がする。
「リッベントロップ家は他にも、魔の最愛を出してるしね。調子に乗っちゃったんだよねー。さすがにフランツィスカを追放してからは、家としては大人しくなってるけど」
「ハンマーシュミット家も、愛娘に冤罪をかけられて激怒したんじゃよ。経済制裁をかけられているのに、気がついておらぬのは、エルメントルート本人ぐらいじゃわぃ」
どうやらエルメントルートは着々と外堀を埋められている状況のようだ。
「魔の制御師の寵愛も薄れつつあるようだしね。彼女の今後は悲惨の一言だろうね」
「どこまでも魔の制御師は趣味が悪いらしくてのぅ……ほんに困ったものじゃ。次の最愛はエルメントルートが虐げていた双子の、どちらかに与えるという噂が真しやかに広まっておるぞ」
そこまでいくと、いっそ趣味がいいのではなかろうか。
会ってみたいが、夫が許さないだろう。
ええ、許しません。
魔の制御師は男性ですから。
んん?
理由はそれだけ?
ええ、それだけです。
魔の制御師は、基本愉快犯。
しかも、性格の悪い者に寵を与えて、その者が破滅するのを楽しみます。
善人たちには、無害なのですよ。
……最愛たちの暴走を考えれば、全部魔の制御師が悪い! と言いたくなる気持ちもわかりますけれどね。
なるほどね……。
「でもエルメントルートの被害に遇ったのは、主に貴族なのよね」
「じゃな。平民への被害はほとんどなかったの」
「そそ。平民の被害と言ったら、メルヒオールよねー」
偽聖水販売という悪行を未だ続けている愚か者。
水の制御師は何とも思わないのだろうか?
「神殿もかなり追求したみたいなんだけどね。メルヒオールって子、本当にあざとくってさ。優秀だけど人が良い水の制御師は、騙されちゃってるんだよ……」
「うむ。善人説を信じ抜いている御仁だからのぅ……。魔の制御師は、御方様が一言おっしゃれば、即時称号を剥奪するじゃろうが、水の制御師に関しては手こずる結果になりかねないわい」
夫が手こずる姿など想像できない。
悪人にも善人にも疑われない、どころか信じ抜かれるのが私の夫なのだ。
「メルヒオールの聖水は効果がないって、周知されていないの?」
「王都では随分浸透したんだよね。でも地方に行くと完全じゃない」
「水の制御師最愛 メルヒオール・ハルツェンブッシュの聖水! と謳われて販売されると、水の制御師の最愛ならば安心じゃ! と受け取られてしまうのじゃ」
最愛とはそれだけ、信用に値する称号なのだろう。
三問題児のお蔭で、随分と評価に変化が現れてしまっているようだが。
「ハルツェンブッシュ家はもともと平民から、商売の腕でのし上がってきた家なんだよね。だから存分にメルヒオールが持つ称号を使っちゃってる」
「水の制御師には定期的に付け届けなんかもしているようじゃ。その辺もぬかりないのぅ」
「でも最近は、真っ当な商人たちから村八分状態らしいじゃない?」
「らしいの。聖水以外では商売ができなくなっているようじゃ」
偽聖水でしか商売できない。
その状態だと商売人として終わっているんじゃ?
「没落は既に確定。爵位も剥奪かな」
「商売人にも嫌われておるから。真っ当な商売で再びのし上がる夢は叶わんのぅ」
「真っ当じゃない方も無理かな。商売から手を引かないと、生命の危機に陥ると思う」
おやおや。
ハルツェンブッシュ家もまた、その未来が暗いようだ。
子供の名前でのし上がる親ってのもなぁ……夫の両親を思い出して、胃がむかついてしまう。
「で! 平民にも貴族にも迷惑をかけているのが、ヒルデブレヒトってわけですよ!」
「優秀な種を与えてやるのだから、存分に奉仕するがいい! が決まり文句らしいぞ」
「ひぃいいい!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
リアルハーレム野郎とか迷惑が過ぎる。
「婚約者がいようが、夫がいようが関係ないとか、屑だよねぇ」
「最低限のルールすら守れぬ奴じゃからな」
彩絲が深々と溜め息を吐く。
「……もしかして?」
「うん。私も彩絲も言い寄られたよ。当然脱兎の如く逃げたけど」
「逃げたな。その足で光の制御師に物申しにも行ったわい!」
「光の制御師さんは、なんて答えたの?」
「『我が寵愛する、ヒルデブレヒトの子が増えるのに、何の問題があるのだ?』と言われたのじゃ。ヒルデブレヒトの慈悲を受けぬ方がおかしいと」
うわー。
一番かかわりたくない制御師さんだよ。
夫も苦手なタイプだ。
ええ、苦手です。
でも慣れた手合いでもありますね。
向こうが話を聞かぬなら、こちらも話を聞かぬまでですよ。
ですよねー。
その方式で、夫は数々の困ったちゃんを打ち破ってきた。
残念ながら光の制御師は、最愛とともにその姿を永遠に消すだろう。
「おかしいのは、光の制御師さんみたいだね。主人はもろとも処分の方向でいくみたい」
「おぉ! さすがは御方様! あの話を聞かぬ御仁に、どんな対応をするのか是非とも見せていただきたいものじゃのぅ」
「あー。アリッサを守るためにも、その手の輩の対応策は勉強しておきたいかな」
では、彩絲と雪華の同席は許可しましょう。
麻莉彩はお留守番です。
いいですね?
えー!
いいですね?
……はーい。
「む? 何か不満そうじゃのぅ、アリッサ」
「二人は同席していいけど、私は駄目だって」
「うむ。そうであろう。無理に会おうとしなくとも、似た輩とは嫌でも遭遇するじゃろうからのぅ」
「だよね。避けられるなら避けておきなって」
揺られる馬車の中、雪華がぽんぽんと肩を叩く。
「それが無難だとわかっているんだけどねー」
特等席で、ざまぁが見たいだけなんだよね……。
それは別の機会にいくらでもあるでしょう?
それこそ趣味の悪い私の、深い心の闇を、夫が否定することはなかった。
良い最愛さんのお話も聞きたいものです……と内心で思いつつ、屋敷へ着いた。
留守を守ってくれていた皆が出迎えてくれる。
「御主人様はお疲れじゃ。給仕に癒やしのリスっ子たちを所望しよう」
「……では、準備は自分がいたしましょう。三姉妹は、御主人様と一緒にお部屋へ伺いなさい」
「よろしいのですか!」
私の部屋には許可なく入れないらしい。
掃除も守護獣かノワールでないと駄目というルールが設けられている。
私としては、屋敷で働いてくれている子は全員信用しているから、自由に出入りしてくれていいんだけどね。
「ええ、いいわよ」
「光栄です!」
「至福」
「わぁ……今夜は眠れるかなぁ」
三者三様の喜び方だが、全員がとても嬉しそうな様子なのは丸わかりだ。
大変癒やされる。
屋敷で生活するようになってから、毛並みも良くなってもふもふ度も上がっているから、余計に眼福なのだ。
「お二方はどうされますか?」
「我は、和風の軽食を所望する」
「私は、和風のスイーツで!」
「なるほど。王宮ではさすがに和食は出ませんでしたか」
「次期女王がアリッサを大変好ましく思っているから、次に行く頃には、フルコースで饗されそうな勢いではあるがな」
「ノワールも知識を求められるかもね」
「……和食の情報流出は避けていたのですが」
そ、そんなことまで考えてくれていたんだ!
そもそもこの世界、かなり和食は広まっていると思うんだけどなぁ。
「細やかなアレンジまではさすがに広まっておりません」
私の表情を読んだノワールが教えてくれる。
なるほど、それは確かに。
家庭の味って、千差万別で玉石混淆だもんね。
気がつけば雪華の先導で自室へ戻り、リス三姉妹が喜びの感想を言い合っている様子を微笑ましく見守っていた。
ノワールが希望の物を整えて、テーブルセッティングを終える頃には、私の着替えも終わっている。
畏まった場所での会談に加えて、移動が多かった。
更に正装や盛装しかしていなかったから、体が緊張していても仕方ない。
下着も締め付けが極力少ないものに、ワンピーススタイルのルームウェア。
足の裏が気持ち良いもこもこのルームシューズを履けば、そのまま椅子に背中を預けて眠くなってしまう。
「御主人様はお疲れですね? 食事をされないで就寝されますか?」
「小腹は空いているから、いただいてからかな。お風呂も入りたいしね」
「バスタイムもしっかりと取るが良いぞ」
「そそ。神殿も王宮も、この屋敷ほどには清掃が行き届いていないからね!」
二人の言葉に頷きながら、テーブルを見つめた。
ティーテーブルでは乗せきれない量の食事が準備されたので、ダイニングテーブルでの食事となる。
軽食の量じゃないよね? との突っ込みは当然心の中だ。
「おいなりさんは美味じゃのぅ。この甘塩っぱさが最高なのだ!」
実は狐の生まれ変わりですか? というレベルで、彩絲はいなり寿司を気に入っている。
ノワールや、料理を担当した者があれこれと亜種を生み出しているが、彩絲の最高はシンプルに酢飯とホワイトセサミの組み合わせらしい。
「抹茶のシフォンケーキも美味しいわよ? このふわっと感って、なかなか出せないんじゃないかしら?」
雪華はカットしていないシフォン型のケーキへとフォークを刺している。
一口が大きい。
「御主人様は、何を召し上がりますか?」
三人がかりで取り分けてくれるらしい。
体より大きなスプーンやフォークを手にしたリス三姉妹が、きらきらとした眼差しで見上げてくる。
「そうねぇ……じゃあ、前菜系からお願いしようかしら?」
「では、こちらをお取り分けいたしますね」
「エッグプーラン(茄子)とシシノトウ(ししとう)のマリネです」
「レッドシラカは、飾りにお乗せしますが、召し上がらないでください、ませ」
ネルがエッグプーランを、ネマがシシノトウを取り分けて、ネイがレッドシカラで飾り、少しだけマリネ液を回しかけてくれる。
見惚れるコンビネーションにほっこりできた。
「うん。しっかり味がしみていて美味しいわ。最初に食べる一品って感じね」
三姉妹が嬉しそうに頷き合った。
そんな様子を堪能しつつ、ふと思い至って尋ねてみる。
「三人はいろいろな家へ仕えていたみたいだけど、最愛さんたちがいる家に仕えたことってあったの?」
私の質問に三人は揃って渋い顔をした。
渋顔もまた愛らしい。