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ウマいメシは、人を黙らせるのだろうか?
純と恵菜は、南国ムード漂うカフェでも、無言で食事をしている。
(それだけではないよな。惚れた女が目の前にいるだけで、こんなに緊張するなんて、俺らしくない、というか……)
目の前の彼女は、変わらず上品に、スプーンを使ってナシゴレンを食べている。
時折、マンゴーラッシーを手に取り、ストローに口を付け、美味しい、と言わんばかりに、艶やかな唇が緩く弧を描いた。
「恵菜さんって…………食べ方が綺麗だよな」
静寂な雰囲気を断つように、純が恵菜に向けて微笑み掛ける。
「え? そうですか? 初めて言われましたよ……」
純に言われて照れているのか、恵菜は頬を紅潮させながら、マンゴーラッシーのグラスを取ると、指先でストローを支えながら口に運んだ。
「俺は、元体育会系で男だからっていうのもあるけど、ガツガツ食っちゃうから、美しい所作でご飯を食べる女性って、すごくいいなと思うよ」
「でも谷岡さんも、綺麗な食べ方だと思います」
「そうか?」
それは、目の前に好きな女がいるからだよ……だなんて、間違っても彼女の前では言えない。
今も純は、密かに緊張しながら食事をしている。
普段通りにメシを食ったら、恵菜に幻滅されそう、って思ってしまうのだ。
考えてみれば、ファクトリーズカフェで昼休みを過ごしている時、普段通りにガツガツと食っているから、彼女には、自分の食事の様子を見られているだろう。
「カフェでお昼を過ごしている谷岡さんを見て、いつも、『美味しそうにご飯を食べる方だな』って思ってます」
(美味しそうにご飯を食べる、か……)
恵菜に言われて、喜んでいいのだろうか? だが、食べ方が汚いと言われるよりは、全然マシだろう。
未だ続いている緊張感で、食事がなかなか喉を通っていかない純を横目に、恵菜はナシゴレンのランチセットを、綺麗に完食していた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
言いながら彼女は、先ほどと同様に手を合わせながら、小さく会釈をする。
(恵菜さんの食事の挨拶……可愛いよな……)
半ばポカンと恵菜の事を考えていると、凛としたクリアな声が、純の頭上に降ってくる。
「あ、谷岡さん。私が食べ終わったからって、慌てて食事をしなくても大丈夫ですよ。美味しいご飯なので、ゆっくり味わって下さいね。私はその間、外の景色を見て楽しんでますので……」
「気を遣わせちゃってゴメン。もう少し待っててくれるかな?」
「はい。待ってます」
恵菜の柔和な笑みに包まれながら、純は黙々と食事を続けるのであった。