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「…やめてくれ、奈緒…それだけは、本当にやめてくれ……」
健一がリビングの隅で、スマホを握りしめた私の手に縋り付いている。
彼が見ている画面には、ナオミのSNSアカウントが表示されていた。
フォロワーは数万人を超え、今や「洗練された大人の女性」として絶大な影響力を持っている。
私が彼に隠れてナオミとして投稿しようとしているのは、一枚の写真。
高級レストランのテーブル越しに、誰かに向かって微笑むナオミの手元。
そしてその背景に、わざとピントを外して写り込ませた
エプロン姿でゴミ袋を抱える男の情けない後ろ姿。
「ナオミさんと垢共有してるの分かる…でもこれ…俺の会社の元同僚たちも見てるんだ。もしこれが俺だとバレたら、俺はもう……」
「あら、バレたらどうなるの? すでにクビになった会社でしょう? それとも、まだ自分が『エリート社員』だった頃の幻影を追っているのかしら」
私は健一の震える手を冷たく振り払い、「投稿」ボタンを押した。
『ナオミ:今日は自宅の清掃。最近雇った「彼」、家事のスキルは低いけれど、命令を聞くことだけは得意みたい。……プライドを捨てた男の背中って、なんだか滑稽で愛おしいわね。』
数分もしないうちに、コメント欄が踊り狂う。
「え、これ健一じゃない?」
「あの不倫で消えた元課長だろw」
健一の元同僚、後輩
そして彼がかつて見下していた取引先の人間たちが
匿名という盾を持って、一斉に彼を笑いものにし始めた。
「…ああ……ああああ……っ!」
健一は自分のスマホに届く、元同僚たちからの蔑みのメッセージを見て、畳に頭を打ち付けた。
社会的な死。
それは一度きりの処刑ではない。
こうして「今も惨めに生きていること」を晒され、笑われ続ける終わりのないリンチだ。
「さあ、健一さん。泣いている暇はないわよ」
私は彼の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「今日は里奈さんが、あなたの『親御さんからの預かりもの』を持ってくるって言っていたわよ。……あなたの実家で、お母様が倒れたんですって。里奈さんが全部ぶちまけたせいでね」
「……母さんが…?!嘘だ……奈緒、お願いだ、病院に行かせてくれ! 親のところへ行かせてくれ!!」
「いいけど───」
私はナオミとしての「仮面」のような冷笑を浮かべた。
「そのエプロン姿で行きなさい。そして、里奈さんに車で送ってもらうこと。それが、今のあなたの唯一の『居場所』よ」
玄関のチャイムが、また下品に鳴り響く。
里奈が、獲物を見つけたハイエナのような顔で立っている。
「健一!お義母さんの着替え、持ってきてあげたわよ!ついでに病院まで私が『エスコート』してあげる。…もちろん、私のSNSでライブ配信しながらね!」
「……っ!!」
健一は、もはや悲鳴すら上げられなかった。
愛する母親に、自分の墜落しきった姿を、自分を破滅させた愛人の手によって晒される。
奈緒はそれを見送りながら、新しいルージュを唇に引いた。
「いってらっしゃい、健一さん。……お母様に、よろしくね」
健一が里奈に引きずられるようにして家を出ていく。
静かになったリビングで、私はナオミとして最後の一文を投稿した。
『ナオミ:掃除は完了。次は、この男の「心」をどうやって処分しようかしら。』
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#大人ロマンス
#サレ妻