「つらかったね。そいつはクソ野郎だ。……同じ男として、とても恥ずかしい」
彼は子供のようにグスグスと嗚咽する私の背をトントンと叩き、優しくさする。
「~~~~っ、怖かった……っ、嫌なのに声が出せなくて……っ、いつも私は『男みたい』って言われてるのに、自分の事を強いと思っていたのに……っ、何もできなくて……っ、あんな…………っ」
あの時、胸の奥でグシャリと潰れたのは、助けを求める声と尊厳だ。
犯人の男は恐怖で固まった私をめちゃくちゃに蹂躙し、罰を受けずにのうのうと生活している。
家族の前でいい父親として笑い、会社で普通に働き、――誰も咎めない。
そう思うと身を焦がすような怒りと、ぶつける所のないやるせなさに襲われ、いまも感情の波に呑まれてしまう時がある。
「男なんて大っ嫌いだって思いました……っ。男なんていなくても、私は一人でやっていける。彼氏なんていなくても幸せになれる。……そう思っていたけど、朱里が田村と付き合うようになって、私も彼氏を作らないと〝皆と同じ〟になれないんじゃ……って、怖くなりました」
私はグスッと洟を啜り、涼さんの服を握る。
「ただでさえ私は女らしくなくて、彼氏もいない。……痴漢に遭った事を知られたら、『あんなにがさつなくせに、いっちょまえにトラウマを感じて男を避けてるのか?』って思われるんじゃ……って不安になりました。……だから、皆と同じように普通に振る舞い、彼氏を作って適当に付き合ったら、私が痴漢に遭った事に気づかないんじゃって……」
感情的になった私は、涙で震える声でまくしたてる。
――そうだ。
ずっと私は『朱里の側にいるために、カモフラージュの彼氏を作る』と言って、トラウマを隠して明るく振る舞っていた。
でも〝元気な中村恵〟の影には、常に怯えと恐れが潜んでいる。
少しでも自分の弱みを気取られてしまえば、『あいつ、男っぽいくせに一丁前に傷付いてるの?』と嗤われそうで怖かった。
「母に言ったら父に相談して、兄たちにも知られて、嗤われるかと思って言えなかった……っ。……怖いんです……っ。私はちっとも女らしくないのにっ、スカートに手を入れられてっ、触られて……っ、でも、平気なふりをしないと……っ、皆に嗤われて、朱里にも……っ」
堰を切ったように様々な感情がドッと溢れ、私を押し流していく。
気がつけば私はボロボロと涙を流し、激しく体を震わせて、脈絡のない言葉を繰り返していた。
「恵ちゃん」
異変を感じた涼さんが私の名前を呼ぶけれど、私は彼の顔を見て絶望を覚える。
「涼さんだって……っ、本当の事を知ったら私なんて……っ、~~~~こんな汚い私……っ! ――――ん」
さらに何か言おうとした時、彼に抱き締められ、キスをされていた。
涼さんは私の唇を柔らかく塞ぎ、後頭部を優しく撫でてくる。
私は体を強張らせて震えていたけれど、涼さんに抱き締められ、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。
籠もっていた力をゆっくり解放していくと、涼さんは褒めるように私の頭を撫で、背中をトントンと叩く。
そうされると子供扱いされているようで恥ずかしいけれど、彼になら甘えて身を任せてもいいのだと思えた。
涼さんは唇を離し、耳元で「大丈夫」と囁く。
「俺は君を嗤わないよ。信じて」
言われて、私はスンッと洟を啜りつつ小さく頷いた。
涼さんは私を抱いたまま立ちあがり、ベッドのように座面が広いディープソファに移り、共に寝転ぶ。
「目を閉じて、俺の事だけ考えて」
彼に優しく笑いかけられ、私はこの上ない美形をまな裏に焼き付けてから目を閉じた。
「今、恵ちゃんは二泊三日の楽しいテーマパークデートの帰りで、望みを言えば大抵の事は叶えられる男に抱き締められている。マンションのセキュリティは厳重で、変な男につけられてもコンシェルジュが絶対に通さない。ここはとても安全な場所で、もう何にも怯える必要はない」
催眠術のような言葉を聞き、私はゆっくりと体の力を抜いていく。
「恵ちゃんはどこにでも行けるよ。一緒に温泉に行こうか。絶景を見ながら温泉に浸かって、身も心も解放する。南の島に行ったら、一面の海を見ながら美味しい物を食べて、日がなゴロゴロできる。芸術が好きなら、ヨーロッパでもアメリカでもどこでも行って、一日じゃ回りきれない美術館を見よう」
涼さんは私を甘やかす言葉を口にし、優しく頭を撫でてくる。
「美味しい物も沢山食べよう。口の中で溶けるほど柔らかい肉も、新鮮な海鮮も、一流のシェフの技術が詰まった美食も、有名ショコラトリーのチョコレートも、写真映えする綺麗なスイーツも、全部君のものだ」
夢のような話を聞いていると、気持ちがフワフワしてくる。
過去を思いだして震えて泣いていたのに、涼さんの言葉を聞いていると万能感に支配され、何も怖くないと思えてきた。
コメント
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ステキな事を考えよう(*´ ˘ `*)ウフフ♡