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#モテテク
#大人の恋愛
私はダンボールの底からその深紅の小さな箱を取り出した。引っ越し業者が運んだ荷物の中に、こんなものが混じっているとは思わなかった。
「……指輪」
ジュエリーケースの蓋を開けると、煌めくダイヤモンドの指輪が現れた。プラチナのバンドに、大きめのセンターストーンが輝き、サイドに小さなメレが散らばっている。男性用だ。拓也のサイズ、拓也の指にぴったり嵌まる形。指に嵌めてみると、クルクルと回る。
指輪の内側に刻まれた文字が見えた。「T & M Forever」私は息を止めた。あのバレンタインデーの夜、麻里奈さんのインスタ投稿。シャンパングラスを傾ける二人の手元に映っていたペアリングと同じデザイン。
ダイヤモンドの輝き、バンドの曲線、すべて一致する。
この指輪は、拓也のもの。麻里奈さんが嵌めていたものとペアだったもの。なぜ、私の荷物の中に?引っ越し業者が運んだ段ボールは、私のものだけのはずだ。
拓也が最後に荷物をまとめていたとき、間違えて入れた? それとも……私に残したメッセージ?私は指輪を外し、箱に戻した。深紅の天鵞絨が、血のように赤く見えた。パンドラの箱は、もう開いている。禁断の絆、泰造の隠し子、兄妹の秘密、そしてこの指輪。私は静かに箱を閉じた。
「拓也は……」
私はスマートフォンの位置情報アプリを開いた。地図上の赤い点が、佐々川家の広大な屋敷を示している。拓也は今、そこにいる。彼は泰造の屋敷に身を寄せていた。麻里奈も一緒だろう。
胸の奥がざわつく。問い詰めたい衝動が、喉まで込み上げる。私はスマートフォンを握りしめ、深呼吸した。屋敷へ向かう? 門を叩き、麻里奈の前に立って「なぜ?」と叫ぶ? それとも、泰造の前に跪き、血の秘密を暴く?
「馬鹿らしい……」
そんなことで私の復讐は終わらせない。
私は指輪を白い紙の上に置き、スマホのカメラを構えた。深紅の箱から取り出したダイヤモンドの輝きが、窓から差し込む午後の光を反射して鋭く刺す。
そして、内側に刻まれた小さな文字。「T & M Forever」拡大して確認する。Tは拓也、Mは麻里奈。Foreverは永遠。甥と叔母の禁断の絆を、ダイヤモンドに刻み込んだ証拠。
カメラのシャッター音が響く。
私は写真をクラウドの隠しフォルダに保存した。この数枚の画像が、ジョーカーになるかもしれない。
佐々川財閥の継承を目前に控えた拓也。泰造の溺愛で守られてきた麻里奈。もしこれが公になれば、投資家は離れ、取引先は離反し、メディアは飛びつく。義兄妹の近親相姦疑惑は、財閥の崩壊を招くかもしれない。私はスマホを閉じ、作業机に戻った。
◇◇◇
翌日、私はタクシーを降り、佐々川家の門の前に立った。百万円の札束を受け取った執事は、気まずそうに視線を逸らし、無言で門を開けた。軋むマホガニーの扉を押し開けると、歴史を感じる重苦しい空気が肺に絡みつき、息が詰まりそうになった。玄関ホールは変わらず広大で、シャンデリアの光が大理石の床に冷たく反射している。
泰造の肖像画が壁に掛かり、鋭い視線で私を見下ろすように感じられた。
執事は「奥様、お待ちください」とだけ言い、奥へ消えた。私はショルダーバッグに手を入れ、深紅のジュエリーケースを握りしめた。ダイヤモンドの指輪が、中で静かに輝いている。内側の刻印「T & M Forever」が、脳裏に焼き付いて離れない。
すると、応接間から人の気配がした。私は息を潜め、扉の隙間からそっと覗いた。拓也と麻里奈だった。私は反射的にスマホの録画ボタンを押していた。
拓也はスーツのまま、背中を丸めて麻里奈を抱きしめていた。麻里奈の細い腕が彼の首に回り、顔を胸に埋めている。彼女の肩が小さく震え、拓也の指が優しく髪を撫でる。
「お兄ちゃん……もう、誰も邪魔しないよね」
麻里奈の声は、甘く掠れていた。子供のような、でもどこか大人の響き。拓也は答えず、ただ強く抱きしめる。ダイヤモンドのリングが、暖炉の火に反射して鋭く光った。左薬指に嵌められたペアの証。私は扉の取っ手を握りしめ、指先が白くなるまで力を込めた。胸の奥が焼けるように熱い。怒りか、悲しみか、それとも——安堵か。すべてが繋がった瞬間だった。
「ずっと一緒にいてね」
「……あぁ」
スマホの動画は、静かに録画を続けていた。拓也の熱い息遣い、麻里奈の甘い「お兄ちゃん……」という囁き、唇が重なる湿った音。すべてが克明に残っている。私は息を殺し、スマホを握りしめた。画面が小さく揺れる。私の手が、震えていることに気づいた。画面越しでも、兄妹の境界が溶け落ち、男と女の欲望だけが残る瞬間が、鮮やかに映し出されていた。
私はゆっくりと扉を閉めた。音を立てないよう、静かに。マホガニーの重い扉が、ぴたりと閉まる。執事が廊下の奥から近づいてくる気配を感じ、私は踵を返した。ショルダーバッグの中で深紅のケースが私を嘲笑うように音を立てている。
絶望と引き換えに、私はまたひとつジョーカーを手にした。私は玄関へ向かい、執事に軽く頭を下げた。執事は視線を逸らし、何も言わなかった。
涙はもう乾いていた。代わりに、胸の奥に冷たい決意が宿る。タクシーに乗り込み、運転手に告げた。「Lueurまで」窓の外を流れる景色が、ぼやける。これで、佐々川財閥の永遠を、私の棘で終わらせる。
私はスマホを閉じ、指輪を外さずに手を握った。サファイアの傷跡が、光を屈折させて青く輝く。復讐は、静かに、完璧に。
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