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眠狂四郎
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上野文
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こはる
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第281話 帰還者を狙う者
【異世界・王国警備局/南棟・帰還保護区画】
二度目の衝撃が南棟を揺らし、天井の継ぎ目から細かな砂埃が降ってきた。
廊下では赤い警報灯が明滅し、短い鐘の音が何度も響いている。
窓枠までびりびりと震えるほどの衝撃に、部屋から顔を出そうとする者もいた。
「全員、部屋から出すな!
治療班は保護対象を確認、結界部隊は内周へ!」
アデルの声が廊下を貫く。
兵士たちが一斉に動き始める中、ハレルはサキを連れて帰還保護区画の中央へ走った。
この先には、高瀬直人、佐野悠真、三浦啓介。
名前を思い出せない女性と、銀の輪の中で保護されている候補Dもいる。
ずっと探してきた人たちだ。
ようやく見つけ、本人の意思を確かめ始めたばかりなのに、その場所が今まさに狙われている。
「何があったんですか!」
悠真が部屋から顔を出した。
「外へ出ないで! 今は中にいて!」
ハレルが声を返すと、隣の部屋から三浦も姿を見せる。
アデルが走りながら二人へ視線を向けた。
「部屋へ戻れ。ここは私たちが守る」
その言葉に二人が引っ込んだ直後、三度目の衝撃が来た。
ドンッ――!
今度は南側の窓が大きくたわみ、ガラスの向こうを白い光が走った。
『外周第一結界、破損率二十八パーセント!』
ノノの声がイヤーカフから飛び込む。
『正面だけじゃないよ。西側にも反応が増えてる!
人型が八、影獣が少なくとも六!』
アデルは走る速度を緩めずに聞いた。
「ジャバは?」
わずかな間のあと、ノノの声が低くなる。
『……いる。南門の前』
アデルの目が鋭くなった。
「やはり来たか」
◆ ◆ ◆
【王国警備局・南門前】
白い外壁を覆う結界膜には、すでに何本もの黒い亀裂が走っていた。
その内側では王都軍の兵士たちが二列に並び、杖や剣を構えている。
結界の外には黒装束の者たちと影獣が散開し、
その中央で大剣を肩に担いだジャバが立っていた。
「ずいぶん大事そうに囲ったもんだな」
低い声が、魔力を乗せて結界の内側まで響いてくる。
ヴェルニが兵士たちの前へ出た。
「見物なら他へ行け」
「お前に用はない」
ジャバの答えに、ヴェルニはわずかに口元を上げて剣を抜いた。
「そうか。なら遠慮はいらないな」
次の瞬間、ジャバの大剣が振り下ろされた。
重い風切り音の直後、轟音とともに結界が大きくへこむ。
白い膜が水面のように波打ち、その衝撃が地面まで伝わって石畳を震わせた。
それを合図に、黒装束たちが左右へ散る。
影獣も低い姿勢から一斉に駆け出した。
「来るぞ!」
兵士の声とともに魔術陣が重なり、光矢と火球が夜気を切り裂いた。
影獣が跳ぶ。
火球がその横腹で炸裂し、黒い身体が宙で捻れる。
その背後から別の一体が飛び込み、兵士の光盾へ爪を叩きつけた。
ガギンッ!
硬い金属を引き裂くような音が響き、光盾に深い亀裂が入る。
「下がれ!」
入れ替わるように別の兵士が前へ出て拘束鎖を放つ。
影獣の脚へ光が絡みついたところへ、後列から放たれた光矢が胸を貫いた。
南門前は一瞬で、魔術の閃光と黒い影が入り乱れる戦場へ変わった。
◆ ◆ ◆
そこへアデルたちが駆けつける。
ダミエはすでに結界杭の前へ膝をつき、両手を白く光らせていた。
「正面、持たない」
「あとどれくらい?」
ハレルが聞くより先に、アデルが問いかける。
「このままなら三十秒」
「面を分けろ。正面だけで受けるな、左右へ逃がせ」
ダミエが小さく頷き、指先を動かした。
一枚だった巨大な白膜が中央と左右の三面へ分かれ、それぞれがわずかに角度を変える。
直後、ジャバが二撃目を放った。
大剣が結界へ叩きつけられる。
今度は衝撃が真正面から返らず、斜めに流れて左右の地面へ走った。
石畳が爆ぜ、砕けた石が雨のように飛び散る。
それでも結界は破れない。
「いるな」
ジャバが笑った。
視線の先にはダミエ、アデル、リオ。そして少し離れた場所にいるハレル。
胸元の主鍵が、熱を持った。
「ハレル、主鍵には触るな」
アデルが敵から目を離さずに言う。
「分かった。サキ、こっちへ」
ハレルがサキを内側へ下げようとした時、サキがスマートフォンを見て足を止めた。
画面の中でreが細かく震え、白い線を一本だけ伸ばしている。
南門ではない。
建物の西側。
「お兄ちゃん、待って」
「どうした?」
「向こうにもいる」
ほぼ同時だった。
『西側、侵入された!』
ノノの声が響いた。
◆ ◆ ◆
黒装束二人が、古い排水路を破って南棟内部へ入り込んでいた。
向かっている先は明らかだった。
帰還保護区画。
「俺が行く」
リオが踵を返す。
右手首の副鍵には触れない。
ハレルもすぐ続いた。
「俺も行く。保護区画を抜かれたら高瀬さんたちが危ない」
「サキは?」
「一緒に内側まで連れていく」
リオが一瞬だけ考え、頷いた。
「分かった。ただし前には出るな」
三人が西廊下へ駆け込む。
角を曲がった瞬間、黒い糸が視界を横切った。
真っ直ぐ狙われたのは、ハレルの胸元。
「ハレル!」
リオが身体を割り込ませながら左手を振る。
〈捕縛・第三級〉
光の鎖が黒糸へ巻き付き、互いに引き合いながら火花を散らした。
リオが腕を横へ振ると、黒糸ごと敵の姿勢が崩れる。
しかし、その影から獣が飛び出した。
「リオ!」
サキの声。
鋭い爪が顔を薙ぐ直前、リオは上体を沈めた。
頭上を爪が通り過ぎると同時に、先ほどの光鎖を反対方向へ引き、影獣の後脚へ巻きつける。
勢いを失った獣が床へ叩きつけられ、石床を滑った。
だが、二体目が壁の影から躍り出る。
右手首に、一瞬だけ熱が走った。
副鍵が反射的に応えようとする。
リオは奥歯を噛み、右腕を身体の後ろへ引いた。
――使わない。
左手だけで術式を描く。
〈閃撃・第二級〉
放たれた白光が至近距離で影獣の胸へ突き刺さり、黒い身体を壁まで吹き飛ばした。
轟音とともに壁がひび割れる。
リオは短く息を吐き、右手首へ視線を落とした。
腕輪は暗いままだ。
「大丈夫だ」
そう呟くと、すぐに次の敵へ向き直った。
◆ ◆ ◆
帰還保護区画では、イデールが候補者たちを奥の治療室へ移していた。
「みんな、こっちだよ~。走らなくていいから、順番に入ってね」
「敵なんですか」
悠真の顔が強張っている。
「そうみたいだね~」
「だったら俺も何か――」
「しなくていいよ」
柔らかい声だったが、そこだけは迷いがなかった。
「今は生きててくれるのがお仕事。外は任せようね」
悠真が口を閉じる。
壁の向こうでは、また大きな衝撃音が響いた。
三浦が不安そうにそちらを見る。
「俺たちを狙っているんですか」
イデールは候補Dを守る銀の輪を確認しながら答えた。
「たぶんね」
「帰ろうとしているから?」
「それもあるかもしれない」
三浦は自分の手を握った。
「また……帰れなくなるのか」
イデールが振り向く。
「まだ何も決まってないよ」
「でも……」
「外で止めてくれてる人がいる。それに、ここにも私たちがいるから」
そう言って笑い、最後の保護結界を閉じた。
「今はちゃんと守られててね」
◆ ◆ ◆
【南門】
ジャバの大剣とヴェルニの剣が正面から噛み合った。
甲高い金属音とともに火花が弾け、ヴェルニの靴底が石畳を滑る。
力では明らかにジャバが上だった。
まともに受ければ押し潰される。
だからヴェルニは刃を傾け、大剣の重さを横へ流すと、その勢いを利用して身体を半回転させた。
細身の剣がジャバの頬を掠める。
一筋の血。
「前より鈍くなったか?」
ヴェルニが笑う。
ジャバの口元から笑みが消えた。
「言ってろ」
大剣が横薙ぎに振るわれ、空気が唸る。
ヴェルニが後ろへ跳んだ瞬間、背後の壁が一撃で砕けた。
そこへ影獣が二体飛び込む。
アデルが横から剣を振り、足元へ光の術式を走らせた。
〈封縛・座標杭〉
四本の光杭が影獣を囲んで地面へ突き刺さり、空間そのものが一瞬で固まる。
獣たちは空中へ飛び出した姿勢のまま、見えない壁に押さえつけられた。
「ヴェルニ!」
「見えてる!」
ヴェルニが片手を振り抜く。
圧縮された風が轟音を上げ、固定された二体をまとめて吹き飛ばした。
黒い身体が地面を転がり、霧のように崩れていく。
「右、割れる」
ダミエの低い声。
見ると、三人の黒装束が結界の一点だけへ魔術を集中させていた。
黒い閃光が重なる。
アデルが叫ぶより先に、ダミエが両手を引いた。
「面、替える」
正面にあった白膜が一瞬だけ消え、次の瞬間には数メートル後方へ角度を変えて再展開した。
三人の攻撃は結界があった空間を突き抜け、そのまま地面を抉る。
アデルが横目でダミエを見る。
「助かった」
「次、左」
「分かった」
戦線は維持できている。
だが、敵の動きには妙な偏りがあった。
ジャバたちは王国警備局そのものを破壊しようとしているのではない。
少しずつ。
確実に。
帰還保護区画へ近づいている。
◆ ◆ ◆
突然、ジャバがヴェルニから大きく距離を取った。
「面倒だな」
大剣を石畳へ突き立てる。
そこから黒い波が地面を走った。
アデルが身構える。
しかし、波は結界を破壊しなかった。
白膜へ触れた瞬間に何本もの細い糸へ分かれ、その表面を這うように広がっていく。
「……違う」
アデルの表情が変わった。
『アデル、攻撃じゃない!』
ノノも気づく。
『観測反応を探してる!』
黒い糸が結界の内側へ探るように伸びる。
一本はハレル。
一本はアデル。
そして、もう一本がリオのいる西棟の方向へ向きを変えた。
「鍵を探しているのか!」
アデルが左腕を引き、ダミエが即座に結界を重ねる。
「遮断する」
白膜が厚みを増し、黒い糸が一本、また一本と掻き消されていく。
だが。
最後の一本。
西棟へ向かっていた糸だけが、一瞬だけ震えた。
ジャバの目が細くなる。
「……なるほど」
その口元が歪んだ。
「片方、壊れてるな」
◆ ◆ ◆
【南棟・西廊下】
リオの右手首に熱が走った。
今までよりはっきりした反応だった。
腕輪そのものが敵の呼びかけに引かれるように、わずかに光りかける。
『リオ!』
アデルの声が飛び込んだ。
「聞こえてる」
『ジャバに気づかれた』
リオは目前の黒装束から目を離さない。
「分かってる」
すると廊下の壁を伝って、ジャバの声が低く響いた。
『使えよ、リオ』
リオの眉が動く。
『前はそれで俺を押し返しただろ』
黒装束が間合いを詰めた。
短剣。
その刃をリオが腕で払い、踏み込んできた身体へ肩をぶつける。
相手が体勢を崩した瞬間、床から二本の光鎖が立ち上がった。
〈捕縛・第三級〉
一本が足首。
もう一本が腕へ絡み、黒装束を壁へ叩きつける。
別の影が背後から迫った。
リオは振り向きざまに肘を腹へ打ち込み、相手が折れたところへ術式を重ねる。
〈閃撃・第二級〉
白光が炸裂し、敵の身体が床を転がった。
『使わないのか』
ジャバの声。
リオは呼吸を整えながら答える。
「必要ない」
『壊れるのが怖いか?』
リオは右手首を一度だけ見たあと、すぐ敵へ視線を戻した。
「お前相手に壊す価値がない」
数秒。
壁の向こうから。
低い笑い声が返ってきた。
◆ ◆ ◆
南門では、ジャバが突然大剣を引き抜いた。
黒装束たちも、それを合図に攻撃の手を止める。
影獣が一体、また一体と黒い霧へ変わっていった。
ヴェルニが血のついた剣先を向ける。
「何だ、もう帰るのか?」
「目的は済んだ」
ジャバが答える。
ヴェルニが追おうと一歩踏み出したが、アデルが腕を上げて止めた。
「追うな」
「逃がすのか?」
「保護区画を空ける方が危険だ。罠だった場合、戻るのが遅れる」
ヴェルニは不満そうに舌打ちしたものの、足を止めた。
ジャバは霧の手前で振り返る。
「一人ずつ帰すんだったか?」
アデルの表情がわずかに変わった。
ノノも通信の向こうで黙る。
それだけで、ジャバには十分だった。
「時間かかりそうだな」
大剣を肩へ担ぐ。
「なら次は、帰る瞬間に来る」
アデルが鋭く睨む。
「させない」
「守ってみろ」
黒い霧が一気に膨らみ、ジャバと黒装束たちを包み込んだ。
次の瞬間には、そこに誰もいなかった。
残ったのは砕けた石畳と、焼けたような黒い跡だけだった。
◆ ◆ ◆
【王国警備局/南棟・襲撃後】
戦闘が終わると、南棟には急に静けさが戻った。
王都軍四名と治療班二名が負傷したが、いずれも命に別状はない。
帰還候補者にも怪我はなく、候補Dを守る銀の輪にも異常は確認されなかった。
帰還準備室も無事だった。
ダミエが床へ膝をつき、帰還術式を一本ずつ調べていく。
指先から流れる白い光が線をなぞり、最後まで回ったところで小さく頷いた。
「壊れてない」
ハレルはようやく息を吐いた。
「よかった……」
だが、アデルの表情は険しいままだった。
「敵は最初から、ここを壊すだけが目的じゃなかった」
『うん。たぶん、今日の本当の目的はこっち』
ノノが分析結果を表示する。
《主鍵反応・探索》
《副鍵反応・探索》
《リオ副鍵損傷・敵側確認》
《帰還区画位置・把握済の可能性》
ハレルは表示を見上げた。
「帰還を始めようとしてることも知られた」
『可能性は高いよ』
「一人ずつ帰すことまで?」
『そこは分からない。会話を聞かれたのか、術式の組み方から読まれたのか……』
アデルが床の帰還術式を見ながら口を開く。
「内部情報が漏れたとは限らない。鍵の位置と術式の配置が分かれば、知識のある者ならある程度は推測できる」
「帰還用」
ダミエも短く言った。
「分かる人なら分かる」
そこへリオが戻ってくる。
右手首の副鍵は暗いままだ。
アデルがすぐに聞く。
「使ったか?」
「使ってない」
『確認したよ。副鍵の出力はゼロ。通常魔術しか使ってない』
ノノの報告を聞き、アデルが小さく頷いた。
「それでいい」
リオは亀裂の入った腕輪を見下ろした。
「でも、次は今日みたいに探るだけじゃ済まないだろうな」
ハレルも同じことを考えていた。
今日の襲撃は、本気で帰還を止めるための攻撃ではなかったのかもしれない。
敵は人数を見た。
結界の強度を見た。
三つの鍵の状態を調べ、リオの副鍵が壊れていることまで確認した。
次に来る時はそこを狙ってくる。
ハレルがアデルを見る。
「帰還、延期する?」
アデルはすぐには答えなかった。
帰還準備室の向こうには、高瀬たちがいる。
帰りたいと、自分で決めた人たちだ。
やがてアデルは首を振った。
「いや」
「予定通り?」
「ああ。敵が来るからと止めれば、奴らはそのたびに同じことをすればいい」
『結界は直せるよ』
ノノが続ける。
ダミエも立ち上がった。
「今夜までに戻す」
ヴェルニは剣についた血を布で拭いながら、南門の方角を睨んでいる。
「次にあの大男が来たら、今度は簡単に帰さない」
そこへイデールが歩いてきた。
「こっちも大丈夫だよ~。みんな無事。ちょっと怖がってるけどね」
ハレルは帰還準備室を見る。
最初に、この場所へ立つ人。
高瀬直人。
名前を確かめた。
身体もある。
帰りたいという意思も聞いた。
どこへ帰りたいのかも分かっている。
ここまで揃えた。
なら、敵に見つかったからという理由だけで止めたくない。
「予定通りやろう」
ハレルが言う。
アデルも頷いた。
「ああ」
そして帰還準備室へ視線を向ける。
「明日、高瀬直人を帰す」
その言葉を聞きながら、ハレルは胸元の主鍵を握らず、その上からそっと手を当てた。
敵は次に来る。
それでも。
今度こそ。
自分たちの意思で、一人を現実へ帰す。
コメント
1件
いやもう、めっちゃドキドキした!!😭💦 ジャバ、目的は「鍵の確認」だったんだね…リオが副鍵使わずに耐えたの、カッコよすぎて泣ける。それにしても「帰る瞬間に来る」って台詞、重すぎる…!!でもアデルたちが「明日、高瀬直人を帰す」って決めたシーン、熱すぎて震えたよ🔥 次が待ちきれない!!