次のダンスレッスンの日、俺は早速2人の家で久しぶりにゲームをする約束を取り付けた。
一旦帰宅して、涼ちゃん達の家へ行く用意をする。明日は休みだから夜通しでもゲームできるな、と俺は少し気分が浮つくのを感じていた。
この前、涼ちゃんに自分の気持ちの一部だが、暗く濁っていた部分を吐露できた事で、俺の体は驚くほど軽くなっていた。
『俺を頼って。』と、肩に置かれた涼ちゃんの力強く温かい手。その温もりを逃さないように、俺はそっと自分の肩に手を触れた。
「お邪魔しまーす。」
「いらっしゃい。」
「おーっす。」
以前の座り方と同じく、俺は涼ちゃんのソファーに座る。今度は迷う事なく、涼ちゃんも隣に座った。
若井がゲーム機の準備をした後、どれからやるー?と俺たちに聞いてきた。
「そうだな〜、最初はまあ腕慣らしに桃鉄とか?」
俺が提案すると、おっいいねぇ!と若井も乗ってきた。涼ちゃんはニコニコとその様子を眺めている。
腕慣らしのはずが、調子に乗って桃鉄を10年勝負にした為、いきなり3時間ほどあーだこーだとゲームをする羽目になった。
「もうしんどいって!!これもう無理やん!!なんで俺ん時だけいっつもキングボンビーなんだよ!!」
若井が叫ぶと、俺と涼ちゃんが腹を抱えて笑った。こんなに笑ったのはいつぶりだっけ。若井も、最近で1番スッキリした顔をしている気がする。やっぱゲームってすげぇな。
「若井。」
俺が話を切り出す。涼ちゃんが俺の方を向いた。
「ん?なに?」
若井はキングボンビーに捨てられる前にどのカードを使おうかと画面を見て選びながら返事をする。
「あのさ、俺…実は、『大森元貴』名義で曲を出そうと思ってんだ。ダンスメインの。」
若井の手が止まる。涼ちゃんはコントローラーをテーブルに置いた。
「バンド音楽ももちろん大っ好きだけど、前から歌をダンスと一緒に表現するってことに興味があって。ミセスを止めておいて、勝手だって思うかもしれないけど…。今、俺が表現したいことの一つが、それなんだ。」
若井もコントローラーをテーブルに置いて、下を向くと鼻から息をふーっと出した。俺も下を向きたい気持ちはグッと堪えて、若井から視線を外さない。
「…勝手だな…。」
若井がぼそりと呟く。俺は少し体が強張る。涼ちゃんが俺の右手にそっと手を添えてくれた。
「なーーーんてな。」
若井がイタズラっぽい笑みで俺を揶揄う。え?と驚きの顔で若井を見ると、若井は涼ちゃんに目配せをしていた。俺も釣られて涼ちゃんを見る。
「ごめん元貴。あの後、若井に前以て話してたんだ、ソロのこと。もし若井がしんどい気持ちのまま、元貴から初めてその話を聞いたら、耐えられないんじゃないかって思って。」
俺はまた若井を見る。若井はあっけらかんとした表情で俺を見ていた。
「涼ちゃんがこの前、俺が無理してるんじゃないかって、声かけてくれたんだ。まぁそりゃ無理するよな、無理してたよ。でも、みんなそーじゃん。涼ちゃんだって元貴だって、そりゃ無理してんじゃん。だから、みんなとおんなじところにいて、おんなじようにしんどいだけだから、そんな心配しないでって。」
若井がちょっと恥ずかしそうに鼻を触りながら、でも嬉しそうに話した。涼ちゃんは目を細めて若井を見て頷く。それだけで、2人がどんなに良い空気感で話し合ったのかがわかるようだった。
「そん時にね、涼ちゃんが、実は俺聞いちゃったんだけどって。元貴のソロの話。でも、もう元貴にもちゃんと確認して、ミセスはミセスとしてちゃんと大切にしてるから絶対大丈夫だって。」
俺は、右手に重なっている涼ちゃんの手をぎゅっと握り返した。涼ちゃんも改めて力を込めてくれる。
「そっか、ごめ…んじゃなくて、ありがとう、だな。涼ちゃんありがとう。若井、ありがとう。俺も、どのタイミングがいいかずっと考えてて、でも、俺自身がずっとなんか安定しなくて。あの状態で話してても絶対上手く言えなかったと思う。」
若井が、俺と涼ちゃんの繋いでいる手をチラッと見て、俺に向かって言った。
「元貴も、涼ちゃんと話して少しスッキリして安心したんじゃない?俺も、涼ちゃんが心配だって声かけてくれてさ、なんか、あ、自分がしんどい時は言っちゃってもいいのかもって、肩の力抜けたんだよ。涼ちゃんも、隠されるより言ってくれた方が安心するって言ってくれたし。なんか、元貴も最近すごい柔らかくなったよ、表情が。」
俺は涼ちゃんを見て、若井に向き合う。
「うん。俺もまぁまぁ限界だったみたい。若井にも当たっちゃってたよな、ごめんな。」
若井がうんうんと頷きながら、
「涼ちゃんは、ミセスの精神安定剤だな。」
としみじみ言った。
ええっ?と涼ちゃんが驚いたように、でもとても嬉しそうに笑った。
ほんとに。と俺も言いかけて、なんとなく気恥ずかしくて頷くだけにとどめておいた。
そのまま、ゲームをしたり、映画を流したり、食事をしながら他愛もない話をしたりで、すっかり夜も更けた。
晩酌で日本酒を気持ちよく飲んでいた涼ちゃんは、ソファーで寝落ちしている。ぽかーんと開けた口がなんともだらしなくて、俺はブランケットをかけながらクスッと笑ってしまった。
「涼ちゃんさぁ、絶対気ぃ張ってたよね、今日。最初。」
若井が向いのソファーに座りながら話す。
「ん?」
俺は若井の横に座りながら聞く。
「俺と元貴がどんな空気になるかとか、俺に勝手に話しちゃってて大丈夫だったかなとか、色々考えてたんじゃない?」
「ふっ。」
涼ちゃんらしいな、と笑ってしまった。
「元貴は、前に涼ちゃんとどんな話したの?」
うーん、と俺は何をどんなふうに話すべきか考えを巡らせた。
「あの日は涼ちゃんからね、まず話があるって言われて。1個目が若井のことが心配って話で、もう1個は俺が心配って話だった。」
「人の心配ばっか…。」
若井は口を開けて寝ている涼ちゃんを見て、嬉しそうに苦笑した。
「でもそっか、てっきり元貴の事だけ話に行ったのかと思ってたけど、俺の事だったんだ…。」
若井は頭の後ろを片手でわしゃわしゃと掻いて、情けねー俺、とぶっきらぼうに言った。
「涼ちゃんは、若井が自分に気を遣って明るく振る舞ってくれてるって。自分が頼りないからだって気にしてたよ。」
「そういう事じゃないよ、なーに言ってんだよ。俺にもプライドってもんがあんの。もー涼ちゃんはー。」
「やっぱりね。お前たぶん俺にだって見せたくないでしょ、弱ってるとこなんて。」
「まあね。元貴には余計にかも。」
若井はニカッと笑う。
「でもそれはお前もだろ?俺には見せないでしょ。」
若井は俺を覗き込む。
「見せないっていうか…なんだろ、頼り方?の違いかなって感じ。」
「どゆこと?」
「俺、夜とかやばいなって時、若井のことよくゲームに誘ってるよ。 」
「え、ゲームってそういう事だったの?」
「単純にゲームやりたいって時もあるけど、まあ大抵はそっちかも。」
「へぇ〜…そっか。」
なんだか若井は嬉しそうに前を見てニヤニヤしている。こんな風に改めて自分の事を若井に話すのって、久しぶりな気がする。俺はまた少し心が軽くなるのを感じた。
「じゃあ涼ちゃんには?」
「ん?」
「涼ちゃんにはどんな風に頼ってんの?」
若井にそう訊かれた俺は、口をモゴモゴして寝相を直している涼ちゃんを見つめた。
「んーーー…ないしょ。」
「なんだそれ。」
若井が笑いながら立ち上がり、涼ちゃんを揺り起こす。
俺が帰宅の準備をしている間に、若井がフラフラ立ち上がった涼ちゃんを支えながら、左の部屋へと連れて行った。
いいなぁ…。
俺は心の中でそう呟くと、自分でもなぜそう思うのか不思議で、なんとなく胸に手を当てて自分の鼓動を確かめていた。
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