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   6

「アオイ」

 夕食が終わり、自分の食器を片付けていると、後ろからママに声を掛けられた。

 ママは少し困ったような表情をわたしに向けて、

「……ここ数日、何かあったでしょう?」

 その言葉に、わたしは思わずどきりとした。

 何か、と問われて、わたしはどう答えたら良いものか返答に困ってしまう。

 わたしと同じ魔女である楸先輩と知り合ったこと。

 学校のイノクチ先生が実は魔法使いで、全魔協ってグループの人だったこと。

 そのイノクチ先生に言われて、綺麗で可愛らしい、楾アリスさんって魔女から協会への勧誘を受けていること。

 夢渡りとか何とかいう魔法の所為で夢に囚われて、そこで三年生の先輩で、やっぱり魔女の榎先輩と知り合って、夢の中を彷徨って、あの恐ろしく不気味な夢魔に襲われて――

 でも、それを口に出して説明しようと思っても、頭の中でこんがらがって、うまく説明できそうになくて、何から話し始めたら良いのか、まったく全然、わからなくなって、

「えっと、あのね」

 それだけ口にして、けれどそれ以上、わたしは言葉を紡ぐことができなかった。

 何となく喉元までは出かかっているのに、それを音に出して発することがまるでできなかったのだ。

 こんなこと、初めてのことだった。

 けど、無理もない。わたしにだって、いまだにわたしが置かれている状況を、ちゃんと把握できているわけではないのだから。

 ただ判っているのは、夢魔と楸先輩には何らかの関係があること、昨夜夢で出会った楸先輩と、今日出会った楸先輩は間違いなく、帯びていた魔力が異なっていたこと、それだけだ。

 わたしはそれに、意図せず巻き込まれていて。

 それをママに説明して、果たして理解してくれるだろうか。

 わたしの助けになってくれるだろうか。

『魔法使いや魔女を、簡単に信じちゃいけないよ』

 そう言って、ママもおばあちゃんも、他の魔法使いのことを信じていない。

 それなのに、わたしはこの数日間、色々な魔女や魔法使いと出会って、話をして、関わって。

 もしそれを口にしたら、怒られてしまうだろうか。

 あれだけ魔法使いや魔女を信じるなと言っているのに、どうして信じたのか、関わったのかって怒られちゃうんだろうか。

 そう思うと、何だか不安が胸をよぎった。

 言いつけを守らなかったことに対して、何らかの罰を受けてしまうんじゃないのか。

 それがただただ不安で、怖くて、許しを請うように言い訳しようと試みても、言葉が全く思い浮かばなくて、何だか涙が浮かんできた。

 ママはそんなわたしの様子に心配そうに眉間に皺を寄せながら、

「あ、ごめんね。別に、無理矢理聞き出そうってつもりはないの」

 それからわたしの身体を抱きしめながら、

「……なんだかアオイの様子がいつもと違ってたから、ちょっと心配なの、ママ」

「……うん」

「無理にとは言わないから、もし何か困ったことがあるんだったら、ちゃんとママに言いなさいね」

「……うん」

「ママ、アオイの為に、何でもするから。ちゃんと助けてあげるから。ね?」

「……うん」

 わたしは何度も頷いて、ママの身体をぎゅっと抱きしめた。

 どうしてうまく伝えられないんだろう。どうして言葉が出てこないんだろう。

 どうして今わたしは、こんな目に遭っているんだろう。

 全ては楸先輩と出会った、あの朝から始まったのだ。

 もし楸先輩と出会わなければ、今もわたしは、これまでと同じように、ユキやカナタやミツキたちと、楽しい学校生活を送っていたかもしれないというのに。

 なんで、どうして、こんなことに。

 夢魔って何? どうしてわたしを襲ってくるの?

 なんでわたしの夢は、楸先輩の夢と繋がっちゃったわけ?

 誰のせい? 誰が悪いの? わたし? 楸先輩と関わってしまった、わたしが悪いわけ?

 わからない。なにもわからない。

 わたしはしばらくママに抱き着いたまま静かに涙を流していたのだけれど、やがて心も落ち着いてきて、鼻をすすりながらママから離れる。

「……ごめんね、ママ。ありがとう」

 すると、ママはやはり心配そうに、

「あんまり、無理しちゃダメよ。何かあったら、話してもいいって思ったら、ちゃんとママやパパに相談してね?」

「……はい」

 わたしは精一杯の笑顔をママに向けてから、目元の涙をぬぐいつつ、

「お風呂、入ってくるね」

 その場から逃げるように、バスルームの方に足を向けた。

 その背後から、ママの小さなため息が聞こえたような気がした。

夢魔と魔法使いの少女たち

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