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合宿前日の放課後。
部室の隅で共有備品の最終チェックをしていると、背後で扉が静かに開く音がした。
「紗南ちゃん、まだ残ってたんだね」
振り返ると、凌先輩がいた。練習着のままの彼は、どこか吹っ切れたような穏やかな表情を浮かべている。
「はい。救急箱の中身を確認しておきたくて。先輩こそ、自主練ですか?」
「あはは、バレたか。少しでも体を動かしてないと、落ち着かなくてさ」
先輩は私の隣にしゃがみ込むと、スポーツバッグの中から小さな包みを取り出した。
「これ、合宿に持っていきなよ。マネージャーは選手より歩き回るだろ? 山のコートは足が疲れやすいから、冷却シートと、リラックスできる入浴剤」
差し出されたのは、昨日までのような「お兄ちゃん」としての施しではなく、私の立場を気遣う一人の男性としてのプレゼントだった。
「ありがとうございます。……大切に使わせてもらいます」
「うん。……あのさ、紗南ちゃん。合宿中、無理に答えを出そうとしなくていいから」
先輩は私の目を見つめて、静かに続けた。
「俺が勝手に追いかけ始めただけだし。今はただ……俺が『お兄ちゃん』じゃなくて、一人の男として君の隣にいたいって思ってること、合宿の間中、頭の片隅に置いといてくれるだけでいいから」
答えを迫るのではなく、じわじわと意識させようとする先輩の言葉。その「ズルさ」に心臓が跳ねた。
先輩が立ち上がろうとしたその時、部室の入り口に影が落ちた。
「……何してんだよ、二人で」
そこには、不機嫌さを隠そうともしない遥が立っていた。