テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌日、僕は神野さんに連絡を取って、神社に来ていた。
大学の終わりになってしまったので、十五時を少し過ぎた頃だ。
今日も、神社には参拝客は誰もいない。
神野さんは、また僕を本殿の畳の部屋へと連れて行ってくれた。
今日は巫女の姿をしていて、金髪のポニーテールは不思議となじんでいる。
僕と神野さんが座って向かい合う。神野さんは僕を視たあと、目をスッと細めた。
「単刀直入に言うわよ。あんた、もう白紙と関わるのはやめなさい」
神野さんの言葉のあと、辺りは水を打ったように静まりかえった。
僕も言葉を理解するのに、随分時間がかかってしまった。
「……どうしてですか」
やっと絞り出した声はかすれていた。
喉がカラカラに渇いている。
「護りの話をしたわね。それが視る度に、薄くなっていってる。完全に無くなったときの人間を知っているけど、悲惨だったわ」
神野さんの眉間に皺が寄る。
「しかもあんたの怖いところは、どんどん縁も結ばれているところよ。前視た時からで、こんなに増えるのはおかしいの」
神野さんも、この状況に怯えているようだった。
僕の体に蜘蛛の糸のようにぐるぐると巻き付く縁。
それはやがて、僕自身を喰い殺すための鎖になってしまう。
「毎回毎回、白紙や私が助けられるとは限らない。自分を守れるのは、自分しかいないのよ」
彼女の悲痛な面持ちが、僕の考えを鈍らせた。
白紙さんには返しても返しきれないだけの恩がある。
それに、呪いの話を聞いてしまった今、僕は白紙さんを見捨てることはできないだろう。
そんな僕の気持ちを見透かしたのだろう。神野さんは深呼吸をすると、ゆっくりと話始めた。
当時、私はまだ十歳になっていなかった。
学校が終わるといつも、お父さんの手伝いをして過ごすのが日課だった。
手伝いといっても、私にできたのは神社の掃除くらい。
いつも大きな竹箒を持って、境内を歩いていた。
ある日、十五時くらいに一人の参拝客がやってきた。
それが白紙だった。あいつは私が視た中でも、未だに一番恐ろしい存在だ。
学ランを着ていたから、当時の私でもそこまで歳が離れていないのがわかった。
それなのに、この強大な悪意はなんだろう。
私は当時からあらゆるものが視えていたし、白紙が何かとんでもないものを抱えているのがわかった。
もう私にはまともにその顔が見えないほど、真っ黒な渦に包まれていた。
私はあまりにも強烈な出来事に、竹箒を持ったままただ黙って見つめることしかできなかった。
「おい、ガキ。神主はどこだ」
白紙が鳥居を超えて、境内に入った瞬間だった。
――神様が、いなくなった。
神社にいれば、いつもその存在を感じて安心できた。
それなのに、急にぽっかりと空間に穴が開いてしまったようだ。
「おい」
もう一度白紙から声をかけられて、やっと言っている意味がわかった。
私がパパを呼びに行こうとしたとき、ちょうどパパが社務所から慌てて駆け寄ってくるところだった。
二人は何事か小声で話すと、すぐに本殿の中へと入っていった。
私は一人取り残されて、呆けていた。
神様のいない境内を眺めていたとき、また嫌な気配を感じた。
白紙の足元には及ばない。それでも、禍々しい存在なのは間違いなかった。
鳥居の先を見ると、男が一人こちらに向かって歩いてきていた。
ふらふらとおぼつかない足取りで、近付いてきている。
私の心臓が、早鐘のように打つ。
あの男に気付かれたら終わりだと、私の勘が言っていた。
それでも、体が凍り付いたように動かない。
目が離せない。
男は参道を歩いて、ついに私の目の前に立った。
きっと四十歳くらいの男だった。
体は痩せて、特に頬がこけていた。
無精ひげとよれた服が、男の人生を物語っているようだった。
目はうつろで瞳には私が写っているが、どこを見ているのかわからない。
「神主さんは?」
男は感情のない声で言った。
私は口を開こうとして、あることに気付いた。
男の右手にナイフが握られている。
刃先は赤く染まって、鈍く輝いていた。
よく見れば服のあちこちに、赤黒い点が無数についている。
それに気付いてしまってから、私は喉の奥が締め付けられてしまった。
「なぁ……神主はどこだよ……なぁ!」
語気が強くなって、男の右手のナイフがいつ私に向かってくるのかと見ていた。
「なんで俺がいやでもおかしいよねそもそも何で俺が死なないといけないんだでもこいつを殺してしまえばいいんじゃないかでもそれだと二人殺すことになっちゃうし」
男は頭を抱えて、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
もう視線は、地面へと向けられている。
私はゆっくりと後ずさりした。
男にばれないように、最新の注意を払ったつもりだった。
男から二メートルほど距離を取ったときだ。
石畳を超えて、白い玉砂利が音を立てる。
男の顔が、弾かれたようにこちらを向いた。
「おい! おいおいおいおいおいおいおいおいどうしてどうしてどうしてどうして逃げる!」
絶叫だった。男は獣のように私に突進すると、胸ぐらをつかんで無理矢理首を拘束された。
男の腕に捕らわれた私は、そのまま引き摺られて本殿の近くまできた。
男の右手のナイフが歩く度に、視界にちらつく。
その頃には男は常に喚いていて、理性が完全に消え去ってしまったのだと思っていた。
あまりにも叫んでいたからか、パパがすぐにやって来た。
一瞬で状況を理解して、優しい声で男に話しかけた。
「私が神主ですが、今日はどうされましたかな」
パパの声を聞いて、男の動きはピタリと止まった。
パパは私を見て、頷いた。
それだけで涙が出そうなくらい、頼もしかった。
「あの……神主さん。俺の話を聞いて欲しいんです」
男は一瞬にして涙を流し始めた。
それでも私の首元からは手を離さない。
彼はそのまま、懺悔を始めた。
自分が今、親を殺してきたこと。
どうしてそんなことをしたのか、今までの境遇。
支離滅裂だったが、つなぎ合わせるとそういうことを言っていたと思う。
パパはずっと止まらない男の話をただ黙って聞いていた。
「ああ、もう嫌だ」
男の様子が変わって、話から独り言へと変わった。
「死にたい。このままじゃ捕まるだけだ。なんで俺が。そうだこの世の中が悪いんだ。俺は穴にも間違っちゃいない」
男の右手のナイフがついに私の首元に突きつけられた。
「祈!」
パパが駆け寄ってくるのが見える。
それを見た男が、パパにナイフを向けるのがスローモーションのようだった。
近付いたパパにナイフを振り回す男。切りつけられたようで、パパの胸元が真一文字に赤く染まっている。
切りつけられた勢いで後ろに倒れたパパに、男がとどめを刺そうとナイフを振り上げた。
――お願い、誰か助けて! 神様!
じゃり。
辺りに玉砂利を踏む男が聞こえた。
男はナイフを下ろすと、そちらに振り返った。
一緒に視界が変わって、そこには白紙がいた。
白紙は男の目線に気が付いて、歩く足を止めた。
「おい」
男がそう言った。
「なんだ」
当時の私は、白紙がこの状況をわかっていないのだと思っていた。
だが、彼は全てを理解した上でこの態度だったと今ならわかる。
「お前、むかつくなぁ」
スタスタと男が白紙に向かって歩き始める。
男はそのことに夢中なのか、途中で私の首元から手が離れた。
私は玉砂利が音を立てるのも構わずに、パパの元へと走った。
抱きついたパパの感触は、今も忘れられない。
すぐに振り返って見ると、白紙の目の前にもうあの男が立って見下ろしていた。
ナイフが後ろに引かれて、白紙のお腹に向かって行く。
私は、ぎゅっと目を閉じた。
「祈、見ちゃいけないよ」
パパが更にきつく私を抱きしめた。
どれだけ待っても、悲鳴や争う音は聞こえない。
「これが君の……」
パパの体と声が、小刻みに震えていた。
私が目を開けて強引にパパの腕から抜けると、そこには白紙だけが立っていた。
「人間を喰ったのは初めて見た」
まるで何でもないことのように、白紙が言った。
驚いた様子もないし、ただ目の前を処理するロボットのようだった。
「ただ誰かを殺したいなら、俺じゃなくてガキを狙えばよかったのにな」
小さな声だったのに、その言葉は不思議とよく聞こえた。
「私達が君にしてあげられることはありません」
パパが一歩前に進み出て、ぴしゃりと言い放った。
言葉は丁寧だが、怒りがにじみ出ているのが私にはわかった。
先ほど、私がどうなってもいいという発言をしたのだから、当然だろう。
「もう二度と、この神社に足を踏み入れないでください」
白紙は一つ頷くと、一度も振り返ることなく神社をあとにした。
#最後はハッピーエンド予定
#衝撃のラスト
山根利広
1,673
73
コメント
1件
うわ…神野さん視点での白紙さんの過去エピ、めっちゃ重くて息止まったわ…。 あの男の狂気と、幼い神野さんの恐怖が生々しくて読んでてこっちまで震えた。白紙さんが「人間を喰った」って平然と言ったシーン、鳥肌立ったよ。神野さんが感じた"神様の不在"の描写も痺れた…。 ただのホラーで終わらせない、世界観の厚みがエグい。続きが気になりすぎる😭