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第一話
「夏は、まだ僕らを待っていた」
夏の夕暮れは、どうしてこんなにも不公平だと思う。 好きだったものも、嫌いだったものも、全部同じ色に染めてしまうのだから。
駅前の踏切が鳴る。
オレンジと藍色が溶け合う空の下、古い町並みの瓦屋根がゆっくりと影を伸ばしていく。
――ここは、星見坂(ほしみざか)町。
海と山に挟まれ、都会から一本外れただけで時間の進みが緩やかになる、不思議な町だ。
「……はぁ」
思わず、ため息が零れた。
僕――朝倉 恒一(あさくら こういち)、十七歳。
進路未定、特技なし、夢は一応あるけど人に言えるほど立派じゃない、どこにでもいる高校二年生だ。
今日から夏休み。
なのに気分は、まるで冬の始まりみたいに重たい。
「おーい恒一! また黄昏れてる!」
背中を思いきり叩かれて、現実に引き戻される。
「痛っ……って、春斗かよ」
宮本 春斗(みやもと はると)。
小学校からの腐れ縁で、バカがつくほど明るいムードメーカーだ。
「夏休み初日だぞ? もっとこう、テンション上げていこうぜ!」
「お前のテンションは年中無休だろ……」
「褒め言葉だな!」
即答するあたり、ほんとに救いようがない。
そんな会話をしながら坂を下っていると、
ふいに、視界の端に“違和感”が差し込んだ。
古いバス停。
使われなくなって久しいはずの、錆びた標識の前に――
女の子が、立っていた。
白いワンピース。
風に揺れる黒髪。
夕焼けを背にしたその姿は、まるで風景の一部みたいで、現実感が薄い。
なぜか、胸が締めつけられた。
「……なぁ、春斗。あそこに」
「ん? どこ――」
春斗が振り返った、その瞬間。
「――あれ?」
女の子は、いなかった。
「……見間違いか?」
「いや、今確かに……」
言葉が途中で止まる。
代わりに、胸の奥がざわついた。
その時だった。
「――やっと、見つけた」
背後から、声。
振り向くと、そこに彼女がいた。
さっきの少女。
息がかかるほど近くで、まっすぐ僕を見上げている。
「え、え……?」
声が裏返る。
春斗を見ると、なぜか彼は僕の後ろを素通りしている。
……まさか。
「ねえ、恒一」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
「約束、覚えてる?」
「……約束?」
彼女は、少しだけ寂しそうに笑った。
「そっか。忘れちゃったんだ」
その笑顔が、なぜか――
涙をこらえているように見えて。
夕焼けの空に、ひときわ強い風が吹く。
ワンピースが揺れ、彼女の輪郭が、ふっと薄くなった。
「ちょ、待って!」
反射的に手を伸ばす。
でも、掴めたのは――
温もりの残らない、夏の空気だけだった。
その夜。
僕のスマホに、見覚えのない写真が一枚、届いた。
そこには――
小学生の僕と、あの少女が、手をつないで笑っている姿が写っていた。
撮影日時は、十年前の夏。
なのに、僕はその少女の名前を、どうしても思い出せなかった。
――こうして。
忘れていた夏が、再び動き出した。