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文化祭から何日か経ち、あと数週間で冬季休暇というある日のこと。
ルシンダが食堂でミアとランチをしていると、アーロンとライルがやって来た。
「実は冬季休暇中に王宮でお茶会を開催するのですが、ルシンダとミア嬢も招待していいですか?」
アーロンがルシンダの向かいの空いていた席に腰掛け、麗しい笑みを浮かべて尋ねると、ルシンダが答えるより先にミアが食いついた。
「えっ、わたしたちも参加していいんですか?」
「もちろんです。母から、学園で親しい人たちもぜひ招待するよう言われているので、君たちが来てくれたら母も喜びます」
「俺も招待されているんだ」
アーロンの隣に腰掛けたライルが言う。
「王妃様がそう仰ってるならぜひ伺わないといけないわね。ルシンダ、一緒に行きましょう」
「う、うん……」
参加する気満々のミアに対して、ルシンダは躊躇うような様子を見せる。
アーロンは不安げに眉を寄せた。
「……もしかして、ご迷惑でしたか?」
「そ、そんなことありません! 招待してもらえて嬉しいです。ただ……ちょっと王宮に着ていけるようなドレスがあったかなって心配になっただけで……」
ルシンダは慌てて手を振って答えた。実際、ルシンダは手持ちのドレスが少ないのだ。
しかも、デザインもシンプルなものばかりで、王宮には似つかわしくないだろう。
さらに、学園に入学してからは制服ばかりで外出用のドレスを着る機会もほとんどなかったので、サイズも合わなくなっているかもしれない。
そんなものを王宮に来ていくのは恥ずかしいし、王妃様やアーロンにも失礼だ。
そう思って悩んでいたルシンダだったが、アーロンは「そういうことでしたか」と言って、ほっとしたように微笑んだ。
「今回のお茶会はあまり格式ばったものにはしないので、そんなに凝ったドレスじゃなくて大丈夫ですよ。……でも、そんなに心配なのでしたら、私がドレスを贈りましょうか?」
「えっ、それって……」
「おい、アーロン」
アーロンがさらりとドレスのプレゼントを申し出ると、ミアは興奮気味に瞳を輝かせ、ライルはぎょっとしたように目を見開いた。ルシンダも首をぶんぶんと激しく振って遠慮する。
「いえいえ、いくらなんでもそんなご迷惑は掛けられません! 大丈夫です、何かしらあると思うので!」
「迷惑なんてことはないから、気にしないでいいのに……。ルシンダがそう言うなら仕方ありませんが、もし困るようであれば言ってくださいね」
「……はい、ありがとうございます」
アーロンは気配り上手だから純粋な親切心で言ってくれたのだろうが、いくら友達とはいえ、彼は男性で、さらに王子だ。自分にドレスを贈ったことで変な噂が立ってしまっては申し訳ない。
そう考えてアーロンの申し出を断ったが、それはそれとして、よそ行きのドレスを至急調達しなければならない事実に変わりはない。
(帰ったらお兄様に相談してみよう……)
◇◇◇
ルシンダは学園から帰るとすぐにクリスの部屋に行って相談した。
「王宮での茶会? ……王妃殿下がそう仰っているなら、参加しない訳にはいかないな」
クリスが顎に手を当てながら言う。
「そうですよね。でも私、王宮に着て行けそうなドレスなんて持っていないので、どうしようかと……。あんまり困るならアーロン殿下がドレスを贈ってくださるって言うんですけど……」
「殿下がルシンダにドレスを……?」
アーロンの親切な申し出のことを話した途端、クリスが一気に険しい表情になった。
「はい。でもアーロンに変な噂が立ったら申し訳ないので、お母様のドレスを貸していただけないかお願いしてみようと思うのですが……」
ルシンダが困り顔でそう言うと、クリスがきっぱりとした声で言い切った。
「その必要はない。殿下も頼らなくて大丈夫だ。僕がルシンダに似合うものを買おう」
「えっ、お兄様が……? でも、ドレスなんて高価なものを買っていただくのは申し訳ないです……」
「気にするな。僕がそうしたいだけだ。それに、ルシンダの年齢ならもっと流行りのドレスを持っているのが普通だ」
クリスが微笑む。優しくて頼りになる兄を、ルシンダは心からありがたく思った。
「……ありがとうございます」
「茶会まで日にちがないから、仕立てから依頼するのでは間に合わないな。今回は街で既製のものを買うことにしよう」
「はい、それで十分です」
「では、次の休日に買いに行こう。……ルシンダと街に出かけるのは久しぶりだな」
そう言ってクリスは、ルシンダの頭をぽんぽんと撫で、そのまま頬へと手を滑らせた。
以前はこんな風に顔に触れることはなかったのだが、先日クリスの具合が悪くなった日から、たまにこの仕草をするようになった。あの日、背中をさすってあげたことで、より兄妹の絆が深まったのかもしれない。
「そうですね。とても楽しみです」
「ああ、僕もだ」
水色の瞳を柔らかく細めるクリスはとても嬉しそうで、ルシンダもほんわかと幸せな気持ちになった。
◇◇◇
そして次の休日となり、ルシンダはクリスと二人で街にあるドレス専門店へとやって来た。
質のいい生地と縫製技術の高さが評判の有名な老舗だ。
ルシンダが店内に漂う高級感に萎縮して固まっていると、上品な女性店員がにこやかな笑顔で声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。どのようなドレスをお探しですか?」
「茶会用のドレスを探している。王宮の温室が会場で、小規模なものらしいのだが」
クリスが答えると、女性店員が眼鏡をくいっと持ち上げて言った。
「まあ、でしたら流行は押さえつつも派手になりすぎず、緑に映えるような色合いのものがよろしいですわね。あとは、胸元に目を引く装飾があるものがよろしいかと」
「そ、そうですね……」
ルシンダは流行も何もさっぱりわからないが、とりあえず相槌をうってみた。
「気になるお色味はございますか?」
「ええと、まずは色々見てみたいような……」
しどろもどろで答えると、店員は何かを察したかのような優しい顔になった。
「では、わたくしの方で何着か選んでお持ちいたしましょうか?」
「は、はい。お願いします」
前世でも服のコーディネートは苦手で、店頭のマネキンを真似して買うタイプだった。
今世でも相変わらずのセンスのなさなので、店員に見繕ってもらえるのは本当に助かる。
ルシンダはデキる店員に心から感謝した。
しばらくして、三着のドレスが目の前に並べられた。
赤色の生地に琥珀色のフリルがあしらわれたドレス。
淡い黄色の生地にブルーのリボンがついたドレス。
水色の生地に銀糸の刺繍が美しいドレス。
たしかに、どれも温室に映えそうなドレスだ。
店員に勧められて、順番に試着してみる。
クリスがじっと見つめてくるので気恥ずかしい気持ちになるが、お金を出すのだからきちんと見極めないといけないし、真剣に選んでくれているのだろう。
「どれもお似合いでいらっしゃいますが、お気に召したものはございますか?」
店員が尋ねてくるが、どのドレスも可愛くて、一人ではとても選べそうにない。
ルシンダは助けを求めるように、ちらりとクリスのほうを見た。
「あの……どれが似合うと思いますか?」
「どれも似合うと思うが。気に入ったのなら、全部買ってしまおうか」
涼しい顔でとんでもないことを言い出した。
一着だけでもものすごく高いはずだ。三着も買ってもらうのは、さすがに申し訳なさすぎる。
「えっと、一着だけでいいですから! 一番似合うと思ったものを教えてください」
慌ててお願いすると、クリスはルシンダの手を取って答えた。
「……今着ている水色のドレスが一番似合う。他のドレスもいいデザインだったが……色がよくない」
「そうなんですね。それなら、このドレスにします」
自分のセンスは信じられないし、クリスが言うなら間違いないだろう。
王宮に着ていくのに、赤と黄色がダメというのも知らなかった。
それに、クリスが選んでくれたドレスは色味もデザインもとても素敵で、これなら自信を持って王宮に着ていけると思う。
最終的に、水色のドレスと靴、それに似合う同系色のネックレスまで買ってもらって店を後にした。
お店を出るときに店員から「素敵な婚約者様ですね」なんて言われてビックリしてしまった。
クリスも「兄です」と言ってくれればいいのに、よく聞いていなかったのか笑顔で「ありがとう」とだけ言ってさっさと店を出てしまったのだ。
(店員さんが勘違いしたままなのが気になるけど……また今度行ったときにでも訂正すればいいか)
そうしてルシンダは馬車の中で「揺れると危ないから」という過保護な理由で隣に座るクリスに手を繋がれ、帰宅の途につくのだった。
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