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両手に強く『爆ぜる』意志を乗せたエネルギーを集中させていく。カラス達もエネルギーを集中させてるようだ。四発目の空気の刃が来る。先程よりもエネルギー量が多いな。速度も先程よりあるだろうが、対策はある。
上昇が終わるタイミングでカラス達から空気の刃が同時に放たれた。
これだけ離れているというのに、瞬く間に私の元まで到達してしまう速度は、多くの者にとっては脅威以外の何物でもないだろう。
私はエネルギーを纏わせた尻尾を振り回し、先程よりも更に強力な空気の刃にぶつけた。
流石は私の尻尾だ。傷一つ無い。体で受けていたら、ダメージを受けていたかもしれない。
体の落下が始まるタイミングで私は両手広げ、頭上から下に向けて振り下ろす。
手の位置が胸より下に下がった所で両手に集中させたエネルギーを掌の空気に一気に注ぎ込む。
直後。エネルギーを込められた空気に私の手のひらがぶつかった。
最近は聞かなくなった破裂音よりもさらに大きな破裂音と共に、落下を始めた私の体は爆ぜた空気の衝撃波を両手で叩きつけるように受け止め、その反動によって急速に上昇を再開させた。これによって私の体は、既にカラス達よりも高い場所に上昇している。
カラス達が互いの距離を詰め始める。
何を始めるつもりだろうかと眺めていると、私の真下ですれ違った後に急上昇し、それぞれきりもみ回転しつつ徐々に幅の狭まる二重らせんを描いてこちらに突撃してきたのだ。
彼等の嘴にはエネルギーが集中している。どうやら、二重らせんの回転と、自身のきりもみ回転による二重の回転によって、私の体を貫くつもりのようだ。
素晴らしい。これほどの速度で、これだけの美しい連携を取ることができるものなのか。
これが生まれつきではなく修練による賜物だとするのならば、敬意を表するに値する。
だが、彼らの望み通りにさせるつもりは無い。
彼らの嘴と私の身体がぶつかる直前。
私は今まで抑えていたエネルギーを解放して尻尾を振るい、その反動によって体をのけぞらせると、落下の始まっていた私の位置を僅かに停滞させた。
彼らの渾身の攻撃は回避され、私とすれ違う位置で、私は彼らをまとめて抱きしめた。
当然、カラス達は驚いて暴れ出すも、腕から抜け出すことを許容する私ではない。
今の私は我儘だぞ?その羽毛の触り心地、堪能させてもらおうか。
柔らかく、軽く、そして艶やかな羽毛は、”蜃気狼”ちゃんとは別の感触のふわふわ感だ。
肌に触れる感触が実に気持ちいい。そして彼等、ではなく彼女達の体温は、私よりも高く温かい。
これは是非とも添い寝をお願いしてみたい!彼女達の感触を堪能しながら地上に着地する。周囲の動物達に影響がないように、エネルギーは再び抑えておこう。
意外にも、あれだけ攻撃的だった彼女達は、抱きしめてから割と直ぐに大人しくなっていた。この娘達は”蜃気狼”ちゃんと違って気絶している様子は無い。もしかしたら意思の疎通が出来るかもしれない。
特に何事も無く着地して彼女達を見れば、二羽ともじっとしていて、微動だにしない。
これだけ大人しくなれるのに、何故ああまで攻撃的だったのだろうか?
疑問に思っていると。
〈殺るなら早くしてもらって良い?〉〈此方の覚悟は出来てるの。じらされるのは好きじゃなのよ〉
白黒の両カラスから、流暢な言葉が私に伝えられてくる。つまり、この娘達と意思の疎通ができる!?
「元より、君達の命を害するつもりは無いよ。有り得ないが、命を奪うつもりなら最初の一撃の時点でやっていたとも」
私の思いをそのまま伝える。カラス達は、寸分違わず同じ動きで、こちらに振り向いた。
〈えっ。嘘でしょ?〉〈このまま食べるんじゃ無いの?〉
かなり失礼なことを言われている気がするが、私には捕まえた魚をその場で直ぐに食べてしまった過去がある。
この娘達からしたら、食べられると思う方が普通なのか。ひょっとしたら、私が魚を食べているところをどこかで見ていたのかもしれない。
「食べるつもりは無いよ。君達を離さないのは、単純に君たちの触り心地が素晴らしいからだね」
カラス達が私の言葉を聞くと、互いに見つめ合い、何故か諦めの感情が籠った瞳をこちらに向ける。
〈そう…羽をむしられて寝具にされるのね?確かに、私達の羽根、綺麗だものね〉〈もう悔いは無いのよ。後、食べてもいいのよ?自分でいうのも何だけど、きっと美味しいと思うのよ〉
何故か、自分達が助かるとは微塵も考えていないこの娘達の態度に困惑する。せっかく意思の疎通ができるというのに、これでは埒が明かない。
「さっきも言ったけど、殺さないからね?私は、君達と仲良くなりたいんだよ」
感情と思念をエネルギーに乗せて、ゆっくりと、優しく、声に出してカラス達に語り掛ける。
〈ホントに?殺さないの、ホントに?〉〈私達、貴女を殺そうとしたのよ?〉
何度も確かめるようにカラス達が訊ねてくる。彼女達の生きる世界では、勝負は殺るか殺られるか。なのだろうか?彼女達の身体に、顔を押し当てて答えを返す。
「ホントだよ。私は、君達とこうしてお話したり、綺麗な羽根の感触を堪能させてもらったり、美味しいものを一緒に食べたいだけだよ。そもそも、どうして私に攻撃してきたのかな?」
私の願望を彼女達に伝えるとともに、最初から疑問に思っていたことを彼女達に聞いてみる。
〈だって、貴方でしょ?最近、森の奥地を覆っていたのは。お話しするのは好きよ?優しく撫でてくれるのなら、触られるのも嫌いじゃないわ。美味しいものってどんなものかしら?〉〈急に力を感じなくなったから、勝てると思ったのよ?おしゃべりは好きなの。優しく撫でて欲しいのよ?美味しいものは食べてみたいのよ〉
なかなかに短絡的な思考だったようだ。
だが、彼女達の実力はこの森全体で見ても有数の者ではないだろうか?
自分達の実力に自信があったのだろう。実際、私にダメージを与えたあの空気の刃は見事だった。それに、私の願望に肯定的なのも嬉しい限りだ。
姦しく、自分達の望みを伝えてくる。
「君達の言う通り、森を一部自分の力で覆っていたのは私だよ。森の動物達に会いたいのに、森を覆うほど力を出していたら、皆怖がって近づいてくれなかったからね。力を抑えて、森を見て回っていたんだ」
彼女達の羽毛を堪能しながらこれまでの経緯を説明する。
〈逃げるのは当然よ。美味しいものが食べたいわ〉〈怖いのは当然なのよ。美味しいものが知りたいのよ〉
短く、どうでもいいことのように答える。そんなことよりも美味しいものが気になって仕方がないようだ。
「私が住む場所の辺りに生えている樹木に実っている果実が、私の中で一番美味しいものだったよ。私以外の者はほとんど味を知らないんじゃないかな?他の者にとっては、皮が硬いみたいで食べられないみたいなんだ」
私の知る(それ以外を殆ど知らないが)、最も私が美味いと思える食べ物、あの果実を伝える。
“毛蜘蛛”ちゃんも美味しいと言ってくれたのだ。きっと、この娘達も気に入ってくれるに違いない。
そういえば”角熊”くんは、私が置いてきた果実を食べてくれたのだろうか?
〈”死者の実”ね。アレって食べられるものなのね〉〈”死者の実”なのよ。アレ、美味しそうな匂いがするのよ〉
私の食べていた果実、とても不吉な名前だった。あんなに美味しいのに、何故?
〈とても硬くて、誰も食べられないんだもの。死んだ者が、死後の世界で食べるものと言われているわ〉〈果実は、地に落ちて土に埋まるのよ。死んだ者も土に還るのよ。だから、死んだ者の食べ物と言われているのよ〉
意外と納得できる理由だった。しかし、既に食べたことのある者もいるのだ。死者しか食べられないものではない。彼女達にも、おすそ分けしよう。
「今から取ってくるから、ここで待っていてもらえるかい?」
果実(”死者の実”、という名前らしいが、あんなに美味いのにそんな不吉な名前で呼びたくない)を取ってくるために、彼女達にここで待ってもらうようにお願いする。
〈どうしてここで待つの?早く食べたいわ〉〈待つのは嫌なのよ?一緒に行くのよ?〉
意外な返答が返ってきた。
この娘達、私の住まいの近くまで来てくれるらしい。