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「ちょっと! 聞いてるの、アンタ!?」
「は、はいっ……! 聞いております、我が愛しきブライトアイズ……!」
暗黒の領域「theBanlands」の最果て。
かつて無数の世界線で「破壊者」「全シェドレツキーの死神」と恐れられた男――ハックロードは、今や見る影もなかった。
巨大な身体を縮こまらせ、膝をつき、目の前の妻を見上げている。
その姿はまるで、巨大な猛獣を飼い慣らした小柄な飼い主だった。
そして彼の前に立つのは、封印から解放されたばかりの女神――ブライトアイズ。
透き通るような肌。
流れるような紫色の長い髪。
一見すれば、誰もが守ってあげたくなるような超絶美人。
しかし、その口から放たれる言葉の鋭さは――1x1x1x1のヴェノムシャンクすら真っ青になるほどだった。
ブライトアイズは腰に手を当て、紫色の髪をサッと払いのける。
そして、ハックロードの胸元に浮かぶ緑色の肋骨を、指先でポカポカと叩き始めた。
「まず何なのよ、この格好は!」
「えっ……」
「破れたマント! 気味の悪い緑の鎖! おまけに背中には巨大な棺桶!」
「これは……」
「アンタ、どこの劇団の悪役なの!?」
「…………」
「全然似合ってないわよ、このバカ夫!」
「も、申し訳ございません……」
ハックロード、即座に謝罪。
1x1x1x1が小声で呟いた。
「……あいつ、本当にあのハックロードか?」
テラモンも小声で答える。
「私も自信がなくなってきた」
ブライトアイズはさらに続ける。
「そもそもアンタ、私がBANされた時に何て言ったか覚えてる!?」
「……はい」
「私、なんて言った?」
「『大丈夫よ』と……」
「そう!」
ブライトアイズはハックロードの骸骨マスクを両手でガシッと掴んだ。
「『私は信じてるから、アンタは前を向いて生きなさい』って言ったわよね!?」
「……はい」
「なのに何!?」
ブライトアイズの声が、Banlands全域に響き渡る。
「私がいなくなった途端に勝手に絶望して!」
「…………」
「勝手に『全部自分のせいだ』って思い込んで!」
「…………」
「勝手に闇落ちして!」
「…………」
「挙げ句の果てには、全次元のシェドレツキーを殺して回る死神になりましたって!?」
「…………」
「私がそんなこと頼んだ!?」
「い、いえ……」
「全次元の自分を殺したら、私が喜ぶとでも思ったの!?」
「滅相もございませんッ!!」
ハックロードが勢いよく頭を下げた。
ゴンッ!
骸骨マスクが地面にぶつかる。
「申し訳ございませんでしたぁぁぁッ!!」
「声ちっさ!」
「声帯を失っておりますので……!」
「そうだったわね!」
「はい……!」
「じゃあ余計にちゃんと治しなさい!」
「はいっ!!」
完全に尻に敷かれていた。
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蟹溝@プロフ必読
163
後ろで見ていた一同は、もはや口を挟むことすらできなかった。
1x1x1x1がテラモンの服の裾を引っ張る。
「おい……テラモン」
「なんだ、1x」
「あいつ……さっきまで『すべてのシェドレツキーに死を』とか言ってたよな?」
「ああ」
「世界を何兆回でも滅ぼせそうな雰囲気出してたよな?」
「ああ」
「なのに……」
1x1x1x1はブライトアイズを指差した。
「なんであの女の人に一言も言い返せねぇんだよ!?」
テラモンは静かに微笑んだ。
「1x。これが結婚というものだ」
「分からん!!」
「どれほど強い神でも、妻の前では一人の夫に戻るんだ」
「もっと分からん!!」
その隣で、ビルダーマンが妙に納得した顔で頷いていた。
「なるほど……」
「何がです?」
ドゥームブリンガーが尋ねる。
「ハックロードが以前言っていた『アグレッシブな愛の鞭』というのは、これのことだったんだね」
「……確かに」
ドゥームブリンガーも頷く。
「完全に尻に敷かれておりますな」
「敷かれすぎて、もはや平面になりそうだ」
「聞こえてますよ!!」
ハックロードが悲痛な声を上げた。
「アンタは黙ってなさい!」
「はいっ!」
即答。
1x1x1x1が頭を抱える。
「……なんなんだ、この夫婦」
そんな一同を尻目に、ブライトアイズはふぅっと大きく息を吐いた。
そして、ハックロードの背中へ視線を向ける。
そこには――あの巨大な暗い棺があった。
「……そういえば」
ブライトアイズが棺へ歩いていく。
ハックロードの赤い眼光が、ビクッと揺れた。
「ブライトアイズ?」
「これ、何?」
「えっ」
ブライトアイズは蓋に手をかける。
「待ってくれ、そこには……!」
バコンッ!!
豪快に蓋が開いた。
「……」
「…………」
棺の中には、大切そうに保管されたリボン。
そして――
大量の布に包まれた小さな箱。
ブライトアイズが箱を開ける。
「……アンタ」
「はい……」
「これ……何?」
「…………」
「私が昔あげた髪留めのリボンと……」
ブライトアイズの視線が、箱の中の物体へ移る。
「……チキンフランクの骨?」
「はい」
「…………」
「…………」
「骨を保存するなぁぁぁぁッ!!」
「なぜぇぇぇぇッ!?」
ハックロードが絶叫した。
「それは君が最後に私へ作ってくれたチキンフランクの――」
「カビるでしょ!!」
「思い出が!」
「カビるのよ!!」
「形見が!」
「衛生上の問題なの!!」
「愛が!」
「愛で食中毒は防げないの!!」
「…………」
ハックロード、完全敗北。
1x1x1x1が腹を抱えて笑い始めた。
「ハハハハハ!!」
「笑うな、1x……!」
「いや無理だろ! 『全シェドレツキーを殺す死神』が、嫁にチキンの骨捨てられそうになって泣いてんぞ!」
「笑ってる場合じゃない!」
「最高だろこれ!」
ブライトアイズは額を押さえながら、大きなため息をついた。
「もう……本当に、私が目を離すとすぐこれなんだから」
「…………」
「勝手に闇落ちして」
「はい……」
「勝手にマルチバースを荒らして」
「はい……」
「勝手に棺桶なんか作って」
「はい……」
「勝手にチキンの骨を保存して」
「はい……」
「帰ったら、お説教と家事全般。分かってるわね?」
「はいっ!」
ハックロードは背筋をピンッと伸ばした。
「掃除、洗濯、皿洗い、何でも喜んでやらせていただきます!」
「よろしい!」
「…………」
「…………」
「…………」
三人の男たちが、完全に固まった。
1x1x1x1が小声で言う。
「……俺、あいつに同情していいのか分かんなくなってきた」
「私もだ」
テラモンも頷いた。
「ただ、一つだけ分かったことがある」
「なんだ?」
「ハックロードが恐れているものは、世界でも最高神でもない」
テラモンはブライトアイズを見る。
「……妻だ」
「それは間違いねぇ」
その時。
ハックロードが、そっとブライトアイズの横顔を見つめた。
骸骨マスクの奥の赤い瞳には、もう狂気の光はなかった。
そこにあったのは、ただ純粋な安堵だった。
何兆年もの間。
彼は妻を失った罪悪感に囚われ、自分自身を憎み続けた。
すべてのシェドレツキーを殺せば、いつか罪を償えると思っていた。
自分自身を消せば、ようやく彼女の元へ行けると思っていた。
けれど――
「アンタ」
「……はい?」
ブライトアイズが振り返る。
「何ぼーっとしてるの?」
「……いえ」
ハックロードは、ほんの少しだけ笑った。
「ただ……君の声を聞いていると……帰ってきたのだと、実感している」
ブライトアイズは一瞬だけ目を丸くした。
そして、ふっと表情を柔らかくする。
「……バカね」
彼女はハックロードの頭を、今度は優しく撫でた。
「ちゃんと帰ってきたわよ」
「……ブライトアイズ……」
「だからもう、自分を責めるのは禁止」
「…………」
「私がいるんだから」
ハックロードの赤い眼光が、静かに揺れた。
雫が、一粒だけ頬を伝う。
「……はい」
その返事は、今までで一番小さかった。
けれど――
そこには、何兆年もの絶望を終わらせるだけの温かさがあった。
その光景を見ながら、1x1x1x1は腕を組む。
「……チッ」
「どうした、1x?」
「別に」
赤いケープをギュッと握りながら、1x1x1x1はそっぽを向いた。
「……ちょっとだけ、いい話だっただけだ」