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その翌日のことでござった。「雪乃屋」では、鷹丸が相も変わらず昼日中から寝転び、

欠伸(あくび)を漏らしており申した。日差しが障子越しに射し込む中、

女主人の雪はとうとう堪忍袋の緒が切れた様子で奥座敷へ足を踏み入れ、声を荒げたのでございます。

「ちょいと、鷹丸! いつまで寝てるんだい! 昨日の仕事はどうなったんだよ!」

その声に、鷹丸は気まずげに目を開け、体を起こして欠伸を一つ。

「ふぁー……ゆっくり寝てもいられねえな」

「寝てる場合かい! まさか、失敗したんじゃないだろうね?」

お雪の声は険しさを帯び、鋭い目つきで鷹丸を睨みつける。

「ちょいとした事故があってな……昨日は無理だった」

鷹丸は頭を掻きながら、なんとも気の抜けた調子で応じた。

「なんだって!? まさか、顔を見られて逃げてきたんじゃないだろうね?」

その問いに、鷹丸は苦笑しつつ片手を上げ、弁解するように言葉を紡ぎ申した。

「いやぁ、そんな野暮な話じゃねぇよ。きれいなメス猫ちゃんがいてな」

「……顔を見られたってわけかい?」

雪の眉間に皺が寄り、その表情は険しさを増した。

「まぁな。名前は澄音(すみね)っていうらしい。それがまた、かわいい名前じゃねぇか」

雪はその言葉を聞くや否や、座敷に置いてあった盆を乱暴に叩きつけるように置き、怒りを露わにした。

「バカ野郎! 顔を見られたらおしまいだよ! 」

だが、鷹丸は意に介する様子もなく、再び寝転んで欠伸を漏らした。

「大丈夫だって。あの娘は俺のこと、泥棒だなんて思っちゃいねぇさ」

「……なんだいそれは?」

その返答に、雪は苛立ちを隠せぬまま睨みつけたが、次の瞬間、

着物の裾からそっと何かを取り出した。それは短く光る忍び刀。

「おいおい、何しようってんだよ?」

鷹丸が慌てて起き上がると、雪は冷ややかな目を向けて短く言い放った。

「そのメスを殺すのさ」

「バカ言ってんじゃねぇ!」

鷹丸は飛び起き、雪の腕を掴んだ。

「いいかい、鷹丸。あんたみたいな妖(あやかし)混じりなんざ他にいねぇんだ。

すぐに奉行所に目ぇつけられる。放っておけば厄介事になるだけさ」

雪の口調には冷酷さが滲み、その刀を握る手は微動だにしない。鷹丸は深く息を吐き、困惑の色を浮かべた。

「わかった、わかったよ! 俺がなんとかするから、落ち着けって!」

鷹丸がそう静止すると、雪は渋々ながら刀を収めた。

「しっかりやりなよ。それができなきゃ、私の手で片付けるからね」

「あーあ、わかったよ」

鷹丸は背を向けて店を出た。その背中には、いつもの気楽さの裏に隠れた、

何かを背負う者の影が揺れており申した。


さてさて、昼間の猫鳴町。街をふらりふらりと歩く鷹丸、その表情には少々の疲れが見て取れる。

店を追い出され…いやはや、実際そうでござる。ぼそりとつぶやく声が聞こえてくる。

「ったく、お雪の奴、短気にも程があらぁな」

鼻歌まじりで歩いていると、角を曲がったところで、どしんとぶつかる。

その相手はどっしりとした体躯の大男、否、大雄猫でござる。

その名を剛志(ごうし)と申す。

元は土俵を賑わした相撲取りにござるが、怪我により引退。今は用心棒として生計を立てる立派な猫でござる。

剛志は見下ろすように鷹丸を睨みつけ、口を開く。

「おいおい、どこ見て歩いてやがる。なんだ、鷹丸か。さてはお雪に追い出されたんだな?」

鷹丸は、肩をすくめて苦笑い。

「へへ、まぁそんなとこだな」

剛志端者、「いつでも俺がつまみ出してやるってな。その代わり――」

その先は聞かずとも分かる話。鷹丸は手をひらひら振りながら、剛志を軽くかわす。

「あーはいはい、ありがとさんな」

不機嫌そうな剛志を後に、鷹丸は通りを歩き去る。その背中に剛志が吐き捨てた。

「へっ、あの妖(あやかし)混じりめ」

さて、そんな一幕を経て、鷹丸が足を止めたのは茶屋の軒先。そこには笑顔で客を見送る娘の姿があった。

「どうもありがとうございました!」

見知らぬ客猫の背中が遠ざかるのを見送りながら、娘の顔には満足げな笑みが浮かぶ。

鷹丸はその様子に目を細め、軽く声をかけた。

「おや、茶々じゃねぇか。なんだい、そのご機嫌な顔は」

振り向いた茶々が嬉しそうに答える。

「あら、鷹丸!聞いてよ。今のお客さんがね、たくさんお金を使ってくれたの!」

鷹丸は片眉を上げて感心した様子。

「へぇ、そいつは景気がいい。で、その旦那、何者だい?」

茶々は首をかしげる。

「さぁ、どこか遠くから来たみたいだったけど、詳しいことは分からないわ。

でもね、なんだかすごく紳士的な猫だったわよ」

「そうかい」と短く返しながら、鷹丸は何やら思案顔。

茶々は思い出したように声を弾ませる。

「そうだ、鷹丸!寄っていきなよ。今日はとびきり美味しい団子があるのよ!」と

一旦茶屋の中に入り、団子を持ってまいったが鷹丸の姿はもうそこにはない。

「えっ?」

茶々がきょろきょろと辺りを見回すも、残されたのは風に揺れるのれんと、かすかに消えていく影。

さては、風のように去るその姿、どこへ向かったかは、皆様のご想像に任せるといたしましょうか。

猫鳴町夜話~盗人と聖女の契り~

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