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「奈緒」
また私を呼ぶ春さんの声がした。
まどろみのような優しさに包まれた心地がしていた。まるで夢を見ていたようだった。
ふと目を開けると、自分を見つめる春さんがいた。
「え?…春さん?」
「うん」
私の声に答えた春さんが嬉しそうに笑う。
「私の声が聞こえるの?私のこと見えるの?」
「うん。…うん。聞こえる。見えるよ。…会えた。……やっと、会えた」
優しい微笑みに涙を浮かべる春さんの向こう側。
《《宙に浮く、何かが見えた》》。
「え…」
それは宙に浮くというよりも、上からぶら下がっているようで、だから、きっとそれは…
「あ、は、春さん…ねぇ、あれ…春さっ」
めまぐるしく巡る私の思考に蓋をするように彼はぎゅっと私を抱きしめた。
視界は春さんでいっぱいになった。
いつもの優しい香りがした。
「奈緒。奈緒。なお…」
何度も何度も、噛み締めるように確かめるように、私の名前を彼が呼ぶ。
今までの、虚しくて寂しい声ではない。私を見て、感じて、私に向けて呼んでくれているのだ。
「…は、春さん」
「うん。ここにいるよ」
耳元に優しい彼の返事が返ってくる。
「春さん」
「なあに?奈緒」
「春さん。春さん…っ」
「泣かないで。今度こそずっと一緒だよ」
彼が優しく私に答えてくれる。
それがどうしようもなく嬉しくて嬉しくてたまらないくて、苦しい。
「ごめん。ごめんなさい。私のせいで、あなたを…」
また私の言葉をふさぐように、さっきよりも強く抱きしめられる。
私を包む彼からは、もう、生きている証は聞こえなかった。
「僕は今、とっても幸せだ」
優しい微笑みが咲いた。
つんとしたアルコールの匂いをまとった声が、虚ろな目をしたぐしゃぐしゃの顔が頭の中をいっぱいにする。
ああ。
私は、もうなにも言えなかった。
その言葉に出来なかった思いは逆流してきた。
それは溢れて溢れて、私の中には収まりそうになくて、とても痛かった。
「奈緒、愛してる」
このじんわりと私を包むぬくもりは、果たして春さん自身のものなのか。はたまた、雪のように降り積もった《《私たちの》》思い出の記憶の欠片なのか。
「…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい…」
私はただ、ひたすらに泣きながら謝り続けた。
「あぁ…ごめんっ…ごめんなさい…ごめんなさい…」
私の頭を撫でてくれる愛しい人の胸の中で。
「…ひとりにして、ごめんなさい」