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「でっかい船だなあ……」
港に並ぶアントン軍の艦隊を眺めながら、スピリタスはぽつりとつぶやいた。
帆を大きく広げた巨艦が幾十隻も並び、その威容は海を埋め尽くしている。
「どうかされましたか?」
隣に立つチャールズが同じ船団へ目を向ける。
「アントンたちの船って、主にそっくりだなと思ってね。」
「似ている、ですか?」
「筋骨隆々で大柄。遠くから見ても威圧感がある。」
チャールズは思わず笑う。
「確かに、言われてみれば。」
スピリタスは肩をすくめた。
「でも、中身がない。」
その一言に、チャールズは笑みを引っ込めた。
「副官。」
「はい。」
「今見た船の絵を描いておいて。」
「承知しました。」
副官はすぐに筆を取り、巨大な船体を紙へ描き始める。
その頃、スピリタスは総司令アントンの命を受け、各地で海賊討伐に奔走していた。
名目は討伐。
だが実際は、中央から遠ざけるための口実であることくらい、彼自身が一番よく分かっていた。
その時だった。
「大変です!」
息を切らしながら、一人の男が桟橋へ駆け込んでくる。
チャールズの兄、ジョージだった。
「やられました!」
「何があった?」
「アントンがイージプトとの共同統治を宣言しました!」
その場の空気が凍りつく。
「グラン王国への、明確な裏切りです!」
スピリタスは驚くことなく、静かに海を見つめた。
「……そうか。」
しばらく考え込む。
「さて、どうするかな。」
「このまま海路でグランへ戻りますか?」
チャールズが尋ねる。
「しかし、ずいぶん思い切ったことをしましたね。」
スピリタスは小さく笑った。
「アントンは、ライナー王を甘く見すぎている。」
「え?」
「知ってるかい?」
「ライナー王は一見おとなしく見える。」
「でも、政治的な駆け引きに関しては化け物じみている。」
その言葉には、不思議な確信があった。
アントンは軍事の天才。
だが、ライナーは王だった。
戦場で勝つことと、国を治めることは違う。
その差を理解できない者は、いずれ必ず足をすくわれる。
「行こう。」
スピリタスは静かに船へ乗り込んだ。
彼の視線は、はるか東――グラン王国へ向けられていた。
オセロの死が公表されると、王都は騒然となった。
長年、元老院を支えてきた重鎮の死は、人々に大きな衝撃を与えたのである。
宮殿では役人や伝令たちが慌ただしく行き交い、戦雲を思わせる緊張が漂っていた。
そんな中、最後の元老院派レピダスがライナーへの謁見を求めてきた。
「お会いになりますか。」
マエクスが静かに尋ねる。
「会おう。」
ほどなくして、レピダスは謁見の間へ通された。
椅子に腰を下ろす間もなく、彼は口を開く。
「アントンのことは聞いておられるな。」
「聞いている。」
ライナーは即座に答えた。
「ならば、和睦を図るべきだ。」
レピダスは力強く言う。
「内乱をこれ以上長引かせてはならん。必要なら、この私が仲立ちを務めよう。」
ライナーは黙ってその顔を見つめた。
(この期に及んで、まだアントンを信じるのか。)
そう思いながらも、その表情は少しも変わらない。
「では……。」
ライナーは穏やかに口を開いた。
「イージプトまで赴いていただけますか。」
「ああ、もちろんだ。」
レピダスは迷わずうなずく。
「私が必ずアントンを説得してみせよう。」
「お願いいたします。」
ライナーは深々と頭を下げた。
満足げな表情を浮かべたレピダスは、そのまま謁見の間を後にする。
扉が閉まる音が響いた。
静寂が訪れる。
ライナーは椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「この際だ。」
「レピダスも、アントンと運命を共にしてもらおう。」
その声は冷たかった。
隣に控えていたマエクスは、少しも表情を変えない。
「承知いたしました。」
まるで最初から決まっていたことを確認するように、一礼した。
「それと、宣戦布告の件ですが。」
マエクスが静かに続けた。
「アントンではなく、イージプト女王シャチトルへ向けるべきかと。」
「……なるほど。」
ライナーはすぐさま自分の間違いに気づき
マエクスに礼を述べた
王都では、すでに次の一手が静かに動き始めていた。
アグリは、ガラリア遠征の準備を着々と進めていた。
工房から運び出された木箱を見届けると、自ら蓋を開ける。
中には、職人たちへ製作を命じていた新たな装備が収められていた。
「ようやく完成したか。」
満足そうに頷くと、アグリは新設した小型船団へ向かう。
小回りの利く軍船である。
兵たちは荷を受け取り、指示どおり船体へ取り付け始めた。
「また新しい兵器ですかい?」
古参の兵が苦笑しながら尋ねる。
アグリは工具を手にしたまま、穏やかに笑った。
「うん。使い方はあとで説明するよ。」
「みんな覚えられますかね。」
「大丈夫。難しいものじゃない。何度か使えば、すぐ慣れるよ。」
兵たちは顔を見合わせながらも頷いた。
アグリが考案する兵器は奇抜に見えても、実戦では必ず役に立つ。
そのことを彼らは幾度も経験していた。
船団の整備が一段落した、その時だった。
一人の伝令が駆け込んでくる。
「ご報告します! スピリタス殿が王都へ帰還されました!」
アグリの表情が引き締まる。
「すぐこちらへ来てもらって。」
「はっ!」
伝令は踵を返し、再び走り去った。
(アントンは、さすがに名将。)
(二十万の兵。万全の補給。潤沢な資金。)
(だが)
(この同盟こそが敵の最大の弱点だ。)
今のアグリにとって最も必要なのは、
南方から戻ったスピリタスが持ち帰る最新の情報だった。
コメント
1件
第33話、めっちゃ面白かったです…!🤍 スピリタスがアントン軍の船を見て「中身がない」って言うところ、皮肉が効いてて好きでした。あと、ライナー王の「レピダスもアントンと運命を共にしてもらおう」って台詞、冷たすぎてゾクッとしました…。表では頭下げて、裏で始末するスタイル、怖いけどカッコいい。 アグリの新兵器の準備とスピリタスの帰還が重なるラスト、すごく続きが気になります!二人の連携がどう動くのか楽しみです🌙