テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
配信の熱狂が去り、健一は虚脱した状態でリビングの隅に座り込んでいた。
腕の中の蓮は、父親が放った毒に当てられたかのように、ぐったりと眠っている。
「……満足か、奈緒。これで俺は、息子にとっても『ただの汚物』になった……」
「ええ、よくやったわ。これでこの子の中に、あなたの『理想』が入り込む余地はなくなった」
私は冷たく微笑み、タブレットを閉じた。
しかし、その瞬間、静まり返った家の中に、かつてないほど執拗で、重苦しいチャイムの音が響いた。
(ピンポーン……ピンポーン、ピンポーン…)
里奈のような狂乱した叩き方ではない。
規則正しく、逃げ場を塞ぐような、冷徹なチャイム。
「……誰だ、こんな時間に。里奈の両親か?」
「……いいえ、違うわ。彼らはもう、私たちの顔を見るのも汚らわしいと思っているはずよ」
私は嫌な予感を抱きながらモニターを覗き込んだ。
そこに立っていたのは、仕立ての良いスーツを纏った初老の紳士。
その顔立ちに、私は心臓が凍りつくような既視感を覚えた。
「……奈緒、さん。久しぶりだね。二十年ぶり、かな」
インターホン越しに聞こえた声。
それは、私が二十年前に〝壊した〟最初の男・佐藤の父親だった。
「……佐藤、さん」
私がドアを開けると、紳士は無言で室内を見渡し
床に這いつくばる健一と、その傍らで「犬の耳」が転がっている惨状を一瞥した。
「……噂には聞いていたが、相変わらずだね。君は、男を自分と同じ深淵に引きずり込まないと、息ができないのか」
「何の御用ですか。あなたの息子さんの件は、とうの昔に示談で終わっているはずですが」
「ああ、金の問題ではない。……息子は先月、施設で息を引き取ったよ。最期まで、君の名前を呼びながら、自分の喉を掻きむしってね」
健一が、弾かれたように顔を上げた。
「……死んだ…?奈緒が壊したとかいう、前の男が……?」
「そうだよ、君。君も、私の息子と同じ末路を辿っている。奈緒さんはね、自分を産んで捨てた『不倫相手の男』への復讐を、目の前の男たちに代行させているだけなんだ」
紳士は、震える健一の前に、一通の診断書と、血のついた日記のコピーを置いた。
「奈緒さん。君がどれだけ男を調教しても、君の血の中に流れる『不倫の毒』は消えない。…私はね、君が最後にどう壊れるかを見届けに来たんだ。……息子が死んだ今、私にはもう失うものはない」
紳士の瞳には、復讐を完遂した後のような、空っぽの狂気が宿っていた。
完成されたはずの私の王国。
その土台が、過去の死者によって激しく揺さぶられ始めた。
「……健一さん、聞かないで。この人の言うことは、全部妄想よ」
私が健一の耳を塞ごうとすると、健一は初めて、私の手を強く振り払った。
「……奈緒。お前……死ぬまで、俺を……ッ?」
73
#大人ロマンス
#サレ妻
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!