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境内の中央には二つの人影があった。
一人はここ幸福寺の住職善悪(ゼンアク)であり、もう一人、彼に並ぶように立っているのは外国人なのだろう、豪奢なドレスを着た美しい女性であった。
トシ子の姿に気が付いたらしく、顔見知りである善悪がいち早く声を掛けて来たのであった。
「おお、これはこれは、茶糖のトシ子殿ではござらぬか~! お寺に顔を見せて頂くのは随分久しい事でござるなぁ~、んで、んで、な、何の用?」
ふむ、中々に嘘が吐けない善悪らしい問い掛けだ!
ここは、来る者は拒まずが一般的なお寺さんである。
何の用、とか言っちゃったら業(わざ)とらしく何かを誤魔化している事が丸分かりなのだが……
「これは和尚様、ってか善悪(ゼンアク)…… いや、よしおっ! あの馬鹿を何処(どこ)に隠したっ! 誤魔化すんならアンタも只じゃ置かないよぉっ!!」
恐いっ! これが偽らざる善悪の感想であった、戦中戦後の混沌の中で尚、世界中の聖女達に怖れ崇(あが)められた『真なる聖女』、農業家(ファーマーズ)の迫力をビシビシ感じてしまうのであった!
だがしかし、善悪はコユキを心の底から愛しているのだ、主にその見た目以外の部分で、故に勇気を出して下手な、あまりにも下手すぎる嘘を吐く事にしたのであった。
「馬鹿って? 何を言っているか分からないのでござるよ? 拙者はこの『ベナルリア王国』の第一王女殿下、『マーガレッタ』様とお喋りを楽しんでいただけでござるよぉぅ、ば、馬鹿とか知らないでござるし、もももも、勿論、馬鹿の代表、ここここ、コユキちゃんなんかあった事もないのでイミフで、ごごごごご、ござるよ~!」
リョウコ以上に下手な善悪であった、残念至極!
じっと見つめるトシ子の瞳に宿った狂気のジト目が恐ろし過ぎる。
「んでんで、今日は馬鹿なコユキ殿なんかいる訳ない当寺に何の用で来られたのでござるか? ああ、きっと…… このカラスのダンスを見に来のでござろ? 丁度始まったところでござるよ! た、タイミングばっちりでござったなぁ! と、とくとご覧あれぇ~!」
そう言って善悪が震える手で指し示した先には、見るからに人馴れしていない野生のカラス達六羽が、フウチョウみたいに羽を上げ下げ左右にステップをテケテケ、ピタリと呼吸を合わせたダンスを披露している最中であったのだ。
トシ子はジィィーっと可愛らしいカラスダンスに目を奪われている。
暫し(しばし)、カラス達の見事なパフォーマンスを堪能した後、満足げな表情を浮かべてトシ子は言ったのである。
「そうそう、この子達の踊りを見に来たんじゃよ、自分でも驚くほどの満足感じゃよ! 和尚様」
善悪がほっとした顔で答えた。
「そ、それは重畳(ちょうじょう)、んじゃ、またね! 又会う日を楽しみに待っているでござるよ! んじゃバイバイ、で、ござる!」
トシ子が無表情で言った。
「んじゃが、和尚様…… このカラス達の踊りは確かに見事じゃったがのう? この為に態々(わざわざ)駆け付けたにしては、アタシの中にこの子達の評判を聞き付けた記憶が無いんじゃよぉ? 念のためにグリグリしとこうかのぉ?」
言うと、胸元から取り出した、三つの赤い石、魔核を右手に握り締め、ニヤニヤしながら胡桃(くるみ)を弄ぶ(もてあそぶ)ようにグリグリやり始めたのである。
「「「ンギャアァァァァー!!」」」
叫びが響く中、揃って綺麗なステップを踏んでいたカラス達は慌てて飛び去ってしまい、トシ子の興味も追いかけて来たコユキの所在へと戻った。
何よりも、善悪の隣にいた見目麗しい外国人っぽいお姫様がむさくるしい事この上ない、コユキの姿にデブンっ! と変わってしまったのである。
「なるほどね、ゼパル、ベレト、カイム! 何のつもりだいっ! お前らこのアタシに逆らうつもりなのかい?」
「「「………………」」」
名前を呼ばれた三柱の悪魔は、言葉を返す事無く、善悪が首にかけた白銀の念珠、アフラマズダから半透明の体を顕現させると、主人善悪とその背で震えるコユキを守るように、トシ子にに向けて立ち塞がったのである。
「なんだい? アンタ等、アタシ相手に随分な態度だね! そう言う態度で来るんなら――――! んがっ!? はっ!?」
ほんの一瞬、僅か(わずか)な瞬間、だけ、意識を失ってしまったトシ子婆ちゃん、その右手でゴリゴリやっていた魔核は彼女の手の中から消え失せてしまっていたのである。
「マスター、取ってきやしたぜっ! キヘヘヘヘっ!」
善悪の横に控えた小さな女性型のハゲ頭が言った。
善悪がその声に答える。
「あんがと、でござる! ガープちん!」