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「そうか」
クリス殿下が難しい顔をして、天を仰いだ。
父は手紙をぎゅっと握ったまま、険しい顔つきだ。
「俺とカーディナルの作戦では、王は王都に引き返す予想だったのに。そこで王を捕えるはずだった。やっぱり王は戦闘狂だな。ニコラシカ国の鉱山を取りに来るのつもりなんだ。カーディナルの伝言は「袋の鼠」の発動の伝言か?」
使者のトムがはっきりと頷く。
「その通りだ。「袋の鼠」でいこうと」
「わかった。ガフ辺境伯もそれで良いか?」
クリス殿下が父を見る。
父はクリス殿下から、計画の事を聞いていたのだろう。状況を把握しているようだった。
「ガフ領の防衛は強固です。問題ありません」
ゆっくり、力強く父が応じた。
「ガフ辺境伯、ありがとう」
どうやら、その「袋の鼠」という作戦に変更らしい。
「トムはカーディナルのとこに戻るのか?」
「そのつもりだよ。クリスの無事も伝えたいしな」
「わかった。トムは俺が国境まで送るよ」
「頼む。そうしてもらえると大変ありがたい」
そう言うと、使者のトム殿は任務を遂行できた安堵の表情を浮かべ、グビっとお茶を一気に飲んだ。
「トム、俺からカーディナルにひとつ伝言を頼んでも良いか?」
「いくつでも受け付けるぞ」
使者のトム殿がニヤッとする。
「ニコラシカ国にいるカーディナルの妹のパナシェ姫は無事だと。俺の側近が46時中いつもそばについていると伝えてくれ」
パナシェ姫とは、クリス殿下との人質交換でニコラシカ国に来られた隣国マッキノンの姫だ。
わたしよりひとつ下の18歳で王立学園に通っておられると聞いている。
今夏、ご卒業だ。
「わかった。パナシェ姫は健やかにお過ごしなんだな」
「もちろんだ。これは確かな情報だ。しかし、次にカーディナルに会った時に謝る」
「なにを?」
「いまは言えない。悪いことでは…きっとない。でもカーディナルは怒るかもな」
クリス殿下の歯切れが悪く、トム殿から少し視線を逸らした。
なにかを察したのだろう。使者のトム殿が笑った。
「クリスも苦労するな」
クリス殿下がうれしそうに苦笑いをしていた。
「ところで扉のとこで護衛をしてくださっているご令嬢は?」
扉のそばで剣を持って立っていたわたしに3人の視線が一気に集まる。
「これは失礼しました。わたしのひとり娘のシャンディで、騎士もしております」
父が慌てて紹介をしてくれる。
「シャンディです。よろしくお願いします」
「私はマッキノン国のトム・コリンズだ。シャンディ嬢、よろしくね。それにしても、美しい方だね。両国が平和条約を締結したら、俺の妻に来ていただけないだろうか。平和の象徴第一号!どう?」
言われ慣れてないことを突然言われて、社交辞令だとわかっているのに赤面してしまう。
両国間の政治事情を考えても、即拒絶するわけにもいかず、内心困ったなぁと呟き、曖昧な笑みを浮かべる。
「シャンディ、ここは嫌だとハッキリ言っていいよ」
クリス殿下がわたしのそばに来て、使者のトム殿から隠すようにわたしの前に立ち、すかさず助けてくださった。
「トムもシャンディ嬢を困らせるな。シャンディもトムの発言を真に受けなくていいよ」
少しムッとした様子のクリス殿下。
「シャンディ嬢、クリスは怖いですね」
トム殿は面白いものを見たかのように、クリス殿下を見てはくすくす笑った。
強張った雰囲気が緩み、少し和んだ。
その後は、使者のトム殿が入浴と食事を済ませる間にわたし達は、トム殿を国境まで送る準備をすることになった。
「シャンディは国境まで送らなくて良いよ」
トム殿に持って帰って頂こうと、厨房からもらってきたパンを袋に詰めていた。
作業していた手を止める。
クリス殿下に絶対そう言われると思っていた。
でも、クリス殿下をひとりでは行かせられない。
ここ辺境の地を屋敷の庭のように把握できているわたしの土地勘は必ず役に立つ。
「いえ、騎士として護衛させていただきます」
「ダメだ。もう夜も更けてきた。危険なんだぞ」
「この地のことは誰よりもよく理解しております。きっとクリス殿下よりも」
お互い見つめあったまま引かない。