「俺は感情をぶつけに来たわけではない。詫びてもらおうとも、家族も同胞も……二度とは戻らんのだ。この場に相応しくない話をするな」
その声は深く、低く、人の心などたちまち震え上がらせるほどに、冷たい怒りだった。
「す、すまぬ――」
国王は顔面を真っ青にして、慌てて座り直した。
ずれた王冠にも気付かない様子で。
「ウレインとやら、続けろ。俺も国王も、それに異論はない。だろう?」
国王は青くなったまま、動悸がするのか胸を押さえたまま数度、頷いた。
ウレインも同様に、魔王さまに圧倒されて声が震え出している。
「はっ、ははっ。それでは、その……他に、条件など……要望というか、ございませんでしょうか」
もうこの場は、魔王さまのものだ。
魔王さまがたとえ無理な要求をしても、誰も異論など言えないだろうし、きっと通ってしまう。
力のある人が、正しい怒りを滲ませれば……誰もそれには敵わないのだ。
けれど……魔王さまは、何も要求しなかった。
「そ、それでは、他に無さそうでございましたら……ふ、不可侵の和平、その一言のみを記し、互いに……三者互いに、協定を結ぶという事で締めさせていただきます」
――あ、終わった?
もっと、難しいことをたくさん協議するのかと思ってた。
「忘れてくれるなよ? 俺の同胞に何かしたら、この協定は無しだ。分かっているよな」
「は、はい! もちろん! それでは、し、しばらく後に正式な書類をご用意致しますので、調印までお待ちください。と、当ホテルに、食事の用意をしてございます。よろしければどうか、召し上がっていただきつつ、お時間を頂戴できればと」
ウレインは、頑張って取り仕切ってくれていた。
今も、そういう予定だったとは思わなかったから、少し見直した。
……私が勝手に、国王と共謀していると思い込んだだけだけど。
「サラが話していた食事か。いいな、頂こう」
魔王さまは立ち上がって、私の頭を撫でながら返事をした。
「それでは、車を用意してございますので……」
せっかくだからと、魔王さまは車にも乗るらしい。
耳打ちして「遅いですよ」と言ったけれど、私が話していたものに興味があるのだとか。
そして車の感想は、座り心地が良かったからか、遅い乗り物だと予め聞いていたからか、「悪くない」と笑顔を見せて下さった。
その笑顔の奥に、私では計り知れないような悲しみと怒りをお持ちなのに、そんなことは微塵も感じさせずに。
「魔王さま……素敵でした」
本当は、お慰めしたいのだけど。
好きを超える大好きと、それが胸いっぱいに広がっていて、広がり過ぎていて――。
その肩と腕に、この身を寄り添わせるしか出来なかった。
ホテルまでの、しばらくかかるその間中、私たちはずっとそうしていた。
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