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焼けた肉の匂い。血のこびりついた衣服と甲冑。転がっている耳や眼球。持ち主の元を離れた矢。死体に刺さる刀。壊れたように笑い、殺される人。殺す者。
少年はガタガタと震えていた。ここへくる前に抱いていたはずの戦場への憧憬は、もう一欠片も残っていない。
ただただ怖かった。自分が人を殺すのも、自分が人に殺されるのも。
そんな少年の様子を見て、先輩である男が苦笑いを浮かべた。
「怖いのか? 気持ちは分かるぜ」
「…………はい」
「この戦が終わったら、俺が進言しといてやるよ。成人してないやつを戦いに出すなって。……だから、ここでは迷うな。殺られる前に殺れ。それはお前の責任じゃあない」
男は少年の腰に提げている刀を顎で示した。
「お前の相棒を信じろ」
少年はただ頷く事しかできなかった。
矢が肩に刺さり、鮮血が溢れ出す。焼けるような痛みを堪え、必死に刀を振るが、当たらない。
どうして。あんなに、練習したのに。
少年は涙で定まらない視界の中、駆ける。誰か分からない死体を踏み抜く。
生きたい、とそれだけ思った。
彼が願った事はただ一つ。
____帰りたい。
__だが、現実はそう甘くない。
数刻後、血溜まりに伏す少年兵を、多くの一般兵が目撃した。
●
…………ぴちょん。
ここは……一体どこで、いつ? ぼくは誰?
何か、大切だった思いがあった、ような……。
何だったけ。分からない。怖くて、寒い。痛い。でも欲しかったのはこれじゃない。
ただ…………そうだ。あそこじゃないどこかに行きたかったんだ。優しい誰かになりたかったんだ。
ぼくは。ぼく達は。
……うん。そうだね父さん。今度は平和がいいよね。
……うん。そうだね母さん。今度は家族そろって幸せになりたいよ。
……うん。そうだね兄さん。今度は誰にも壊されないように。
……うん。そうだね姉さん。今度は誰にも負けないように。
そうすればきっと、大丈夫だよね?
…………ぼくは何も、思い出せないけど。でもきっと、皆が言うんだから、そうなんだよね?
__ねえ、誰か答えてよ。正解を、教えて?
○
「…………ッ」
雪は無意識に止まっていた息を吐き出す。寝汗でぐっしょりと着物は濡れていた。
__何だこの夢は。わたしのものではない。強制的にわたしの夢に、介入させられた。
雪は辺りを見渡し、側に氷がいる事に気がついた。彼はすやすやと居心地の良さそうに眠っている。何だか腹立たしい事この上なかった。
「…………あ」
八つ当たりに氷の毛布の中へ潜り込んでやろうと、彼の毛布を捲った雪は、そこに子熊のようなものを見つけた。よく見ると熊ではなく物の怪のようだ。鼻が象のように伸びている。
「西の方から来た……幻獣の、貘?」
夢を喰らうという伝承のある物の怪だ。そんな物の怪がどうしてこんな所にいるのだろうと雪は話を聞こうとしたが、貘が身を縮こませて氷へと張り付いていたので諦めた。
その代わりに、雪も氷の所へ潜り込んだ。氷と貘の熱で温かい。
____さっきの夢のあの子も、こうしていつかは幸せに眠りにつけるのだろうか。
そんな不確かな問いを自分へ投げかけ、雪は新たな夢へと沈んでいった。