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(浄化魔法……!?)
目の前に表示されたウィンドウを私は二度見した。
これは、エトワールストーリーのメインクエスト、イベントだったのかと。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。私は、迷わずイエスを押した。
私の読みが正しければ、これは勝ちイベントである。先ほどの、自ら考えて動く戦闘ではなく、システムが手伝ってくれる戦闘であれば。
私がイエスを押した途端、私の手に温かい何かがこみ上げてきた。
「エトワール様、逃げてください!」
そうブライトは叫び、光の盾を展開するが、私はそれを無視し、迫りくる狼を見据える。
狼はスピードを下げることなく突進してくる。残った片目の焦点も既に合っておらず一心不乱に走ってくるのだ。
そして、狼が私に体当たりをしようと飛び掛かってきたとき、私は魔法を唱えた。
「――聖なる光よ、悪しきものを滅せよ! 浄化ッ!」
そう唱えると、私の手からまばゆいほどの光があふれ出し黒い靄を纏った狼に直撃した。
その瞬間、狼は子犬のようにくぅんと鳴いたかと思うとみるみるうちに小さくなっていき、最後には人の心臓のような物だけが残った。
「せ、聖女様――――万歳! 聖女様が狼をやっつけたぞ!」
と、つかの間の沈黙の後、魔道士や騎士、いつの間にか集まってきていた双子の家の使用人達は歓喜の雄たけびを上げた。
私はそんな状況にあっけにとられていた。
というのも、聖女の聖魔法と書かれていたがあまりにも強い魔力が身体を一気に駆け巡る感覚におそわれたからだ。自分があの大きな狼を一瞬にして倒し、浄化したのかと思うと未だに信じられない。
(というか、あの詠唱滅茶苦茶厨二臭かったんですけど!?)
そう私は心の中で叫び頭を抱えた。
詠唱があれば、魔法というもののイメージがしやすく形作りやすいと教えて貰ったが、システムが全てやってくれたとは言えあれはさすがに恥ずかしかった。
それもあんなに大きな声で、堂々と、わざとらしく。
そんな風に一人悶えていると、遠くで待機していたらしいリュシオルが慌ててこちらに走ってきた。
リュシオルは私を見つけると、安堵の表情を浮かべる。
私はそんなリュシオルに微笑みかけ、 大丈夫だよ。と伝えようとしたが、ぐらりと身体が傾き、そのまま地面へと崩れる。
(あれ……何で?)
意識はそこまではしっかりしていたのに、思うように身体が動かなかった。それに、どれだけ声を出そうと思っても上手く声が出ない。
そんな私にリュシオルとブライトが駆け寄ってくる。そうして、私は身体を揺さぶられるが何も反応を返せずに、視界が真っ暗になった。
最後に響いたのは、クエスト達成しましたという無機質な機械音声だった。
―――――
――――――――――
「甘い、匂い……?」
ふわっと甘い香りがする。それに、柔らかくて心地いい。
そう思いながら目を覚ますと、そこは見慣れない天井が広がっていた。
(ここは……どこだろう……)
ぼんやりとした思考の中、記憶をたどっていく。
確か、双子と狩りをすることになってアヒルに出会って、熊に襲われて、狼に襲われて、それで……そうだ、狼を倒して倒れたんだ。
しかし、倒れる前の記憶があやふやだ。あるのは、狼を倒した瞬間身体の中から力……魔力がごっそりとなくなったことだろうか。そして、私はゆっくりと起き上がる。
すると、部屋の扉が開く音が聞えリュシオルが入ってきた。
私が起きていることに気が付くと、安心したように胸を撫でおろし、 目が覚めたのね。と抱きついてきた。
そんなリュシオルの頭を優しく撫でると、嬉しそうな顔をされた。どうやら心配をかけてしまったようだ。
だが、まだ状況を理解できずにいるとブライトが部屋の中にはいってきて、私を見るなりリュシオルと同様、目覚めたんですね。と微笑んだ。
「ブライト……! 痛っ」
「エトワール様、まだ安静にしてください。傷口が完全にふさがったわけではないので」
と、そう言われて自分の身体を見ると包帯が巻かれていた。
そういえば浄化魔法を使う前狼と戦った際に、腹部に鋭い痛みがあった気がしたが……そのせいか。
私は、ブライトに言われたとおり大人しくベッドで横になる。
ブライトが言うには、ここはダズリング伯爵家の一室で、聖女殿に戻る時間が無かったため部屋をあの双子が提供してくれたのだそうだ。治療もブライトや、魔道士達が総出でしてくれたため、すぐに治ったと。ただ、まだ傷口は完全にふさがっておらず徐々に治癒魔法をかけつつ治すのだとか。理由は、治癒魔法をかけられる側にも負担がかかるためらしい。
そうって、ブライトはひとしきり説明し終え、私をじっと見た。
(あ……好感度…)
そういえば、クエスト達成したということは彼の好感度も上がっているだろうとふとブライトの頭上を見ると、彼の好感度は31にまで上がっていた。
好感度を見上げている私を見て、ブライトは不思議そうに首を傾げる。そうだ、彼らには好感度は見えないんだ。
と、私は咳払いをし、そして、疑問に思っていたことを彼にぶつけてみた。
「それで、あの……狼は倒せたって事で良いんですか?」
「はい、聖女様のおかげで。ですが、今調査中なのです」
「何を?」
ブライトの言葉に首を傾げると、彼は少し困ったような表情を浮かべる。
「ダズリング伯爵家の森に張られていた結界は、人間は簡単に出入りできますが、動物は入るのは出来ても抜けることは出来ません。それに聞いたところ、あんな大きな狼を結界の中に閉じ込めていたわけではないと」
そうブライトはいうと険しい顔をした。
ようやくすれば、あそこにあの負のエネルギー纏った狼は本来あそこにいる筈のない存在だったと言うことだ。また、結界を破れるほどの負のエネルギーを持っていたことも引っかかるとブライトは言う。
何にせよ、あの狼を倒したことでクエストは達成され全攻略キャラの好感度が5も上がったのだ。これで、破滅エンドおよび死亡エンドから一歩遠ざかったわけだ。
まあ、三人もこの場にいないのだがいない攻略キャラも含めて好感度が上がったことはとても喜ばしいことである。
「それじゃあ、あの狼はどこから?」
「それも調査中です。星流祭の前にこんなことがあって……今バタバタしてまして、人手が足りず」
「……あ、そうか。星流祭」
ブライトの言葉で私は星流祭の存在を思い出した。
この帝国の人にとってとても大切な祭り。今年は災厄が起こるんじゃないかと心配されている年でもあるため入念に準備をしているのだ。不安な気持ちを少しでも取り除くために。
ブライトは魔道騎士団を父から少しの間任されているためか、忙しいらしい。
「まあ、それでもエトワール様の命の方が大切なので。この帝国の光であり救世主……聖女様ですから」
「あ、ああ……うん」
そう言って微笑むブライトに、私は苦笑いを返すしかなかった。
私が聖女であることには変わりないけれど、その言い方だとなんかこう……聖女という肩書きだけの人間みたいじゃないか? まあ、実際そうなんだけど。
「えっと、それで、私って何で倒れたんですか? 身体から魔力がごっそり抜けたような感覚があったんですけど」
と、私は話題を変えるため、自分が倒れた時の状況を聞くことにした。
すると、ブライトは易しく解説してくれた。
簡単に言えば魔力不足である。
聖魔法である浄化魔法は一度の使用で身体の殆どの魔力を使うらしい。今回はあの大きさと負のエネルギーだっため数時間の眠り、気絶ですんだのだがもしもあの狼より大きく、負のエネルギーが膨大であれば……魔力が足りないか、目を覚ますことはなかったらしい。
また、まだ私の魔力が不安定なこともあっていきなり聖魔法を使用したために身体がついていかなかったのだとか。
(災厄を払ったら聖女は役目を終えて消える……それって、もしかして身体の魔力を全部使うから……?)
そこまでブライトは説明し終えると、また調査に戻ります。と席を立つ。
「ブライト」
「はい、何ですか。エトワール様?」
「……また、魔法教えてね。今回、ブライトが教えてくれたおかげで皆を助けることが出来たし……それにもっともっと特訓して、聖魔法も極めたい。またぶっ倒れちゃって、迷惑かけるのはあれだから」
私はそう言って笑うと、ブライトは驚いたように目を見開いたあと嬉しそうに笑った。
そして、彼は一礼すると部屋から出ていく。
私は、ブライトが出て行った扉を眺めながら考える。すると、暫くして扉がぎぃっと音を立てて開いた。
ブライトが忘れ物でもしたのかと思い、身体を乗り出すとそこには心配そうに私を睨み付けるルフレの姿があった。
「如何したの?」
「……りがとう……」
「ごめん、ここからじゃ聞えなくて」
何か呟いたと思ったら、急に顔を真っ赤にさせてルフレは鼓膜が破れるぐらい大きな声で叫んだ。
「だから、ありがとうッっていってるんだっ!」