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――王宮に、風が吹いた。
それは雨の翌日、
あの東屋で王子とオリビアが“口付けを交わした”という事実が、なぜか誰にも口止めされないまま、王宮中に知れ渡ったためだった。
「見ました!? 王子様がオリビア様にキスを!!」
「いや見てないけど……話は聞いた……!!」
「っていうかあの2人、あれでようやく“想い合ってた”って知ったの!? 遅くない!?」
「いやむしろ、じれったすぎて天井の壁に頭ぶつけるかと思ったわ!!」
情報源は侍女たちの目撃談、そして口の軽い近衛兵、さらにそれをスケッチして壁に貼った謎の宮廷画家。
それらが混ざり合い、爆発的に「ユーラナイトの第一王子がついに恋に落ちた!」という空前の祝福ムードが巻き起こった。
***
その中心にいる当人――アルベール王子はというと、
静かに、だが確かに“人生で最大の決断”を胸に秘めていた。
「――王子様。あの、今日も各方面から祝辞が届いておりますが」
「……そうか」
「あと、“壁画にしていいか”という正式な申請も届きましたが」
「……誰が許可した」
「絵師ナンバー14です」
「……粛清していいか」
「できればお止めを」
エドワルドの表情は淡々としていたが、
その視線の奥には、まぎれもない“満足”がにじんでいた。
(ようやく、言えたんですね。王子様……)
エドワルドは昔から知っていた。
王子が初めてオリビアの肖像を見た日、目を見開いて固まっていたことも。
初対面で緊張のあまりグラスを倒したことも。
あの日から、ずっと――恋をしていたことを。
それをついに、認めて、言葉にした。
ならば、次は――
「王子様」
「……なんだ」
「“正式なプロポーズ”を。されるおつもりは、ありますか?」
「…………」
王子は、手元の書類を閉じた。
「もちろんだ。……もう、“フリ”や“婚約の体裁”ではない。
今度こそ、オリビアに俺自身の意思で、隣にいてほしいと……伝える」
エドワルドは小さく微笑んだ。
(これでようやく、“噂”が真実に変わる)
***
そしてその夜。
オリビアの部屋に、王子から“個人的な招待状”が届いた。
『明朝、王宮のバラ園にて。君と、二人で話がしたい』
それを見た瞬間――オリビアの胸は、高鳴った。
(話……って、まさか……まさか……!)
昨日のキス。
耳元で囁かれた「好きだ」の言葉。
彼の不器用だけど、確かだった優しさ。
(これ以上“誤解”はない。……なら、今度は……)
鏡の前でそっと頬に手をあてながら、
彼女は胸元にしまっていた髪飾りを取り出した。
「……この想い、今度こそ私も、ちゃんと返さなきゃ」
***
翌朝。
バラ園は朝露に濡れ、かすかに揺れる花弁が光を弾いていた。
その中心、白いベンチの前で――
王子・アルベールは、待っていた。
そして、白銀の髪を揺らして、ゆっくりとオリビアが現れたとき。
その美しさに、王子は思わず言葉を失った。
「……来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ、呼んでいただいて嬉しいです」
ふたりは向き合い、静かに風が吹く。
そのとき――
王子が、膝をついた。
「……えっ……」
そして、懐から取り出したのは、小さな箱。
そこには、淡い水色の宝石があしらわれた、指輪が一つ。
「オリビア。――君と出会った日から、俺はずっと、どう接していいか分からなかった」
「…………」
「けれど今は、君のすべてが、俺の心にとって欠かせないものだと分かっている」
オリビアの瞳に、うっすらと涙がにじむ。
「君を守りたい。支えたい。
そしてこの先、どんな未来も一緒に歩いてほしい。――オリビア、俺と結婚してくれ」
その言葉に、オリビアは手を口に当てたまま、必死に涙を堪えた。
(……夢じゃない。これは、王子様の、本物の気持ち)
「……はい。喜んで――王子様の隣にいさせていただきます」
その瞬間、バラ園に舞った風とともに――
王子はそっと彼女の左手を取り、指輪をはめた。
「……もう、王子様とは呼ばないでくれ」
「……えっ」
「――アルベール、と。君の恋人として、夫として、名を呼んでほしい」
「……っ……アルベール様……」
「……様もいらん」
「……アルベール……」
そう呼ばれた瞬間、王子の表情が緩んだ。
そして、そっと彼女を抱き寄せ――
朝の光の中で、もう一度、優しく唇を重ねた。
***
そのバラ園の木陰から、またしても侍女たちが目撃していた。
「……プロポーズ……した……!!」
「……指輪……はめた……!!」
「これもう、国民全員泣いていいやつ……!」
こうして、王国中が祝福する本物の恋が――
ようやく、“噂”から“真実”になった瞬間だった。