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娼館を後にした侑は、時差ボケとセックスで気怠くなりながらも車を走らせ、東新宿の自宅へ向かっている。
帰国したその日に女を抱いた自分は、よほど性欲が疼いていたのか、と思うと、思わず苦笑してしまう。
「それにしても……九條……」
ステアリングを握りながら、思わず独りごちた。
四年振りに再会した、かつての教え子を今一度思い出す。
外見は、立川音大に在学していた頃と、ほぼ変わらずだった。
変わったのは、女の色香が学生の頃よりも滲んでいたという事。
それに、彼女を抱いた時の表情、扇情的に動いていた唇の右側にあったホクロ。
細い身体の割には大きめな白い乳房、甘美な喘ぎ声……。
思い出すと、思考が全て止まってしまうのではいか、と彼は感じた。
だが、瑠衣はこの日の夜に抱かれた男が、かつての恩師だった事に、全くと言っていいほど気付いていない様子。
(それもそうか。J響に所属しながら大学で教えていた頃は、もっと短髪だったし、人によっては、当時の俺を知るヤツが今の俺を見て、同一人物とは思えないかもしれんな……)
頬骨までの長い前髪を掻き上げながら、侑は、フンっと自嘲めいた笑いを映し出す。
不意に、彼女がベッドの上で言っていた事を思い出した。
『ちょっと昔ですが……ラッパを吹いてました。諸事情があって、辞めてしまいましたが』
事情とは何なのだろうか? この四年間、アイツに何があったんだ?
更に侑は、立川音大での瑠衣との最後のレッスンを思い出していた。
あの時の瑠衣は、レッスン室に入ってきた時から、困惑と何かを諦めたような表情を見せていた。
レッスン中、侑に辛辣な言葉を言われ続け、泣きそうになりながらも悔しさを滲ませた面差しをよく見ていたが、あんなに暗くて光を失ったような瑠衣を見たのは初めてであり、侑は『お前、今日ここに来た時から浮かない顔をしてるが、何かあったのか?』と聞いたのだ。
(彼女は、何でもない、と言っていたが、既にその時から何かがあったんだろうか?)
『客と娼婦』として瑠衣に再会してから、侑の心が彼女の事で埋め尽くされていく事にハッとした。
我に返った侑は、嘲笑するように鼻で小さく笑う。
「…………考えるだけ無駄か」
侑はステアリングを握り締めると、アクセルを踏み込んだ。