テラーノベル
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頭全体を覆った酸素マスクを付けた人物が、ゴポゴポと泡立つ治癒液で満たされたカプセルの中に浮かんでいる。内臓の破損個所は自らの細胞により培養され、新たに生成されたモノと交換された。
「拒否反応はありません。数値も安定しています」
超巨大戦艦《アークアンリ》の内部にある治療室には数名の医療関係者達と医師、そしてそれを補う最先端のAI治療設備が集約されていた。
軽く100名以上の負傷者を迎える事の出来る治癒カプセルは、巨大な球体の壁や天井に至るまで収納できるよう穴が空き、さしずめ穴自体が個室の様な扱いとなっている。
処置はAIにより順次管理され、重症度により優先的にカプセルが機械アームにより球体の中心部に在る中央処置床《メインベッド》へと運ばれ、治療を受ける事となり、処置や手術に関わるのは実質、AIにより完璧な迄に制御された機械式のアームが執刀する。医師はその操作的補助と管理が主だった役目であった。
流れる様な治療作業を大きな防音ガラス内部から見つめる人物が呟いた。
「一国の王子が、重症などと世間に知れれば面倒な事になります。ましてや家出中の事故などと、どのように報告すれば良いものか…… 」
「そうですね、しかも王子が乗っていたのは未登録機だそうじゃないですか、宇宙連邦にこの事がバレたら――― 」
「どのみち面倒事ですね」
「然し王子のあれ程の規模の中型機、ロンダルギアと言いましたか? アレは最新鋭機との事ですが、家出した王子がポンっと用意出来る代物では無い筈です。誰かが後ろ盾になっている可能性が否めません。金の流れを追う必要がありますね」
「そうですね」
「アレでも継承権は第三位。本人にその気が無くても国に戻って頂かなくてはなりません。逃げられぬよう機体の射出装置はロックしておくように…… 」
「かしこまりました」
「シルミド様にも参ったものだ。王への言い訳も考えなくては…… 」
「ガレオ様。お話し中失礼致します」
「何ですか? 」
「元老院の豚共が騒いでおります」
「またアノ豚共ですか。私を余所者と見下す連中など、放っておきなさい」
【元老院《セレスティアル・シナトゥス》】とは、
星歴憲章が制定された太古より存在する、王家に次ぐ法的機関であり、過去に神の御声を記録した古老たちの末裔により構成され、神の記録者《オラクル=アーカイブス》とも呼ばれる者達。
各宙域国家、辺境自治星、異種族諸侯などの代表から構成され、定数不定、全員が星録位階《セレスティアル・グレード》を持つ。高位魔導士・星詠巫女・呪術師なども席を持つ事を許され、あらゆる職種の元老も存在している。
王および宰相の政策に対する星判決権《アストラル・ジャッジメント》を有し、星神憲法に則った範囲で、王の退位や廃位の決議権を持つ唯一の機関である。
神災・星嵐・世界系の崩壊兆候など、天変地異時には緊急評議《カレイド・シナジア》を招集する事が出来る。
元老院は不死の記憶を継承する星識継承体《セレスティア・スコープ》を通じて千年前の知識を保持する事が与えられた使命であり、その会議場は、浮遊遺跡の星殿《セレスティアル・ホール》に所在し、空間そのものが記憶機構となっていた。
「宜しいのですか? 反感を買えばそれこそ――― 」
「もうとっくに買ってますよ。それよりも今はミュー様を何としてでも探し出さなければなりません。まぁ、ミュー様には、ご自身から現れて頂く事になるでしょうが…… 」
「でっ、では、何か得策が? 」
「ええ、そうですね。私に任せておいて下さい。ところで犬人種《カオン》の連中はどうなりましたか? 」
「数名は捕縛しましたが、残りは船より離脱したようです」
「そうですか…… では交渉の種に1つ役立って頂く事にしましょう。彼等の身元を良く調べ、また報告を頼みますよ? 」
「かしこまりました」
☆☆☆
大きな扉を抜けるとそこには、砂に埋もれた街が広がっていた。建物はすべて廃材の剛鉄を繋ぎ合わせて作られた、酷く見た目の悪い建造物で、人影1つも無く、まるでどこかの国の貧民街を彷彿させた。
風が砂を巻き上げ攫って行く―――
一歩踏み出すと違和感を覚えた……。
「ん? コレは、地面も鉄板なの? 」
脚でその場の埋もれた砂を払うと、やはり地面から鉄板が顔を出した。
「この街ゎ、全体が剛鉄で出来ているのですっ。砂嵐が多くて、殆どが埋まってしまって居るのですっ」
視界が飛散した砂に奪われ、ゴーグルを付け直したノンが、首に巻いたバンダナを口元まで上げて答えた。
「街も機能してないじゃん。どうなってるのよッ、コレ。アタシお腹減ったんだけど? 」
「街は地下にあるのですっ。蟻の巣みたいになってるのですっ」
二人は暫く砂の街を進むと、数件の建物が立ち並ぶ通りに出た。その入り口に、此処に来て初めて人の気配を感じる。
「アレは? 」
「地下のお店に通じてるのですっ、あの人ゎ『砂掃き』と呼ばれる人達で、入り口が砂で埋もれないように、砂を掃く職業の人なのですっ」
「凄い重装備なのねッ」
「砂嵐の状況でも、剛鉄製のフルメタル装備《ジャケット》は無敵なのですっ、外の状況を無線で街の中の気象観測所に知らせる役割もあるみたいですっ」
「ふ~ん。大変な仕事ねッ 」
建屋の扉の前に立つと『砂掃き』に挨拶する。すると、何も言わずに扉を解放してくれた。
階段の付いた細く、薄暗い長いパイプの中をカンカンと下って行く。此処までくると砂の侵入は無く、吹き上げる風も無い。湿度は少しばかり肌を滲ませるが、体力を奪う程のものでも無かった。軈て二人はT字路に辿り着く。
壁には小さな広告なのだろうか、様々な薄汚れたホログラムが、商品と思われる物を紹介する動画が流れている。
《重火器の事なら当店にお任せ!下取り査定は無料で行っております。パネルをタッチ頂ければ矢印が当店迄最短でご案内。是非お越し下さい》
《加護の改造なら当社へお任せ下さい。各惑星間の加護に対応しております。パネルタッチで当社へご来店下さい。世界が変わる→此処》
「めっちゃ怪しい広告もあるのねッ、加護の改造とか合法なの? 」
「違法なのですっバレたら捕まります」
錆び付いた配管の様な道は、道と言うには余りにも酷く、整備された様子も無い。腐食した鉄の匂いだけが立ち込めている。
1人がやっと通れる配管の道は、この地下街全てに張り巡らされ、来た者を迷わせる広さを誇る。
広告は迷わず来た者を確実に案内出来るシステムではあるが、資金的に広告を出せない類いの店も多数存在しているらしい。
「何か食べたいな。お腹が減った」
「ならゴールデン階に行くのですっ」
ノンの小さな耳がびょこんと動く。
「ギリギリの店が並んでる所なのですっ」
「ギリギリって何だよ」
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