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第31話「水槽の中に、だれかいた」
登場人物:
・ミオナ=ナギサ(潮属性・一年・肩より短い髪、内巻き。肌はやや濃く、濡れたような目元)
・シオ=コショー(潮属性・非常勤講師・長い前髪、体格は小柄。シャチを思わせる、黒灰の水着型制服)
・水槽技師の記録のみ登場
放課後の水草水槽。
管理記録を提出するためにやってきたミオナ=ナギサは、水面をのぞきこんで息を止めた。
ガラスの向こうに──「誰か」が、いた。
それは、ゆっくり手を振っているように見えた。
けれど、誰もいない。
水槽には水草と、設定された微生物と、光源があるだけ。
魚は入っていない。生きものは。
「波、入れすぎたんじゃない?」
そう言ったのは、シオ=コショー先生だった。
ミオナが振り向くと、先生はモップを片手に立っていた。
「わたしもね、最初、見たよ。“だれか”。水槽の中に」
「……え?」
「たぶん、塩素(ソルソ)との共鳴が深すぎると、
見えないはずの“波の姿”が残像になるんだと思う。とくに潮属性は」
「感情と水は、通じやすいからね」
そう言って、先生は雑巾をしぼった。
それだけの言葉で、ミオナの胸の中が、少しほどけた。
“見えた”ことは、変じゃなかったのだ。
潮は、そういう性質を持つのだから。
「じゃあ、先生も見たんですか?」
「うん。わたしは、子どもだったよ。波域に入る前の、自分の姿。たぶんね」
水槽の中では、さっきの“誰か”が、もういなくなっていた。
ミオナはそのガラスを両手で挟んだ。
「見えなくなっても、ここにいたことは、消えませんよね」
先生は、わずかに微笑んでうなずいた。
「記録しておいてね。波が残したものは、ちゃんと。感情も、変質も、見えなくても、ちゃんとあるから」