テラーノベル
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守られたと思った。瑞樹の背中に庇われたことで、さっきまで張りつめていた身体から、わずかに力が抜けていく。
目の前に広がる瑞樹の背中。シャワー上がりの微かな石鹸の香りと、怒りに震える背骨の熱がダイレクトに伝わってくる。
けれど——瑞樹が自分を守ろうとした理由は、ただの隣人としての親切などではなかった。
朝倉奏を探していた。
その言葉が、耳の奥で何度も重く反響する。
「……へぇ」
大樹は、固く掴まれた手首を見下ろしながら、鼻で笑った。
「そこまで必死になるってことは、やっぱりただの知り合いじゃねぇんだな」
「兄さんは、もう帰ってください」
「何だよ。久しぶりに会った兄貴に、ずいぶんな言い方じゃねぇか」
「今は、兄さんと話している場合ではありません」
瑞樹の声は冷たく抑えられていた。けれど、その背中に触れている柊吾には痛いほど伝わってくる。抑えているだけで、内側には理性を焼き尽くすほどの激しい怒りが泥のように渦巻いているのだ。
大樹はそんな弟の動揺をじっと眺め、あざ笑うように口元を歪めた。
「お前、昔からそうだったよな。朝倉奏の話になると、途端に余裕がなくなる」
「……大樹」
「ずっと探してたもんなぁ? 昔は『俺はいつか朝倉奏のマネージャーになる』なんて本気で言ってたもんな。……それが急に業界から姿消した時の、お前のあの発狂具合はやばかったわ。部屋中のグッズ片っ端から壊して、警察に捜索願出すって暴れてさ」
「大樹ッ!!」
悲痛な叫びにも似た瑞樹の怒声が、古いアパートの共用廊下に重く響き渡った。
いつも静かで、穏やかで、優しく微笑んでいた瑞樹の口から出たとは思えない、粗暴で痛切な叫び。
柊吾の身体がガチガチと震え始める。
マネージャー。警察。発狂。
瑞樹の背中に押し当てていた自分の胸の奥が、冷たい氷を押し付けられたように冷え切っていく。
目の前にいる優しい隣人は、自分を愛してくれた男は、最初から自分という「|偶像《アイドル》」を狂信的に追い求めていた人間だったのだと、逃れようのない現実に目の前が暗くなっていった。
「……帰ってください」
「はいはい。そんな怖い顔すんなって」
大樹は両手を上げ、ようやく一歩下がった。けれど、去り際まで柊吾から視線を外そうとしない。
「朝倉奏くん」
名前を呼ばれ、柊吾の喉がひゅっと鳴った。
「弟に飽きたら、俺のところへ来いよ。俺なら、あいつみたいに気取ったこと言わねぇからさ」
「……っ」
「兄さん!」
瑞樹の声が、今度こそ廊下を激しく震わせた。
大樹は楽しそうに肩を揺らしながら、古びた外階段を下りていく。足音が一段、また一段と遠ざかっていくのを、柊吾はただ呆然と聞いていた。
「柊吾さん」
背後から呼ばれても、すぐには振り返れなかった。
朝倉奏だと知られていた。瑞樹は、最初から自分を探していた。あの動画の男は瑞樹ではなく、瑞樹の兄だった。
頭の中で事実を並べようとするたび、どれか一つが別の事実にぶつかり、まともな形を保てず崩れていく。色々な情報が錯綜していて、頭の中はぐちゃぐちゃで、これから瑞樹とどう接していいのかさえ分からなくなっていた。
「すみません。……黒瀬さん。今日は、僕、帰りますね」
やっとのことで声を絞り出す。
「…………分かりました」
瑞樹は引き止めなかった。
「落ち着いたら、話をさせてください」
その言葉にさえ、今の柊吾は頷くことすらできない。
自分の部屋へ戻るため、瑞樹の横をすり抜ける。すれ違った瞬間、濡れた髪から漂うシャンプーの香りが鼻を掠めた。
ついさっきまで、その匂いに胸を高鳴らせていたはずだった。シャワーの後の瑞樹に抱き締められることを、甘い体温を感じることを、何度も想像していた。
けれど今は——その同じ香りが、恐ろしくてたまらなかった。
かんな
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sora☁️🌺
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コメント
1件
ああ…この回、重かったです。瑞樹の背中越しに感じたはずの安心が、一瞬で氷みたいに冷めていく感じがすごく伝わってきました。特に「シャンプーの香りが恐ろしくてたまらなかった」の一文が刺さりました。あの優しい隣人が、実は最初から「朝倉奏」を追いかけていた人間だったって気づく瞬間の柊吾の絶望、本当に胸が痛いです。でも、その闇の描き方が丁寧で、かんなさんの作品の魅力だと思います。続きが気になります。