ーーー正直な話をすると、私は幼少期から色んな霊体を視てきたが、心底震え上がる恐怖体験は滅多にない。
どちらかと言えば、日常が既にコントと化している。
むしろ、怖い話として投稿するのが結構大変だと思っている。
なのでたまには、私の守護達の日常を晒そうと思う。
【プーさんの過ち】
うちには普段娘に憑いている悪魔的な分類の守護がいる。
本来の容姿は中世のヨーロッパに居そうな、高身長な外国人風の男だ。
しかし何か攻め込んで来た時、彼は範囲攻撃タイプなので他の守護にも当たってしまうという理由からあまり娘の方では役に立てず、最近は私の方に憑いて職場に来ている。
夫の影響で『くまのプーさん』をモチーフとした姿になり、口調も真似ていて癒しキャラを保っているが、何せ事務所の私のPCに興味津々で現在進行形でとても困っている。
ある日、プーさんを連れて職場で仕事をしていた時、S兄やノイ達がやけに口煩く「雪(私)のPCだけは触るなよ」と言い続けていた。
何故ならばプーさんは磁場の影響なのか、よく機械を壊すからだ。
前にも私の職場でボンッ!!と音を立ててプーさんの姿から本来の姿に戻った際、周囲にもその変な爆発音が聞こえてしまったどころか、直後に事務所に居た従業員達のPCが突然シャットダウンし、なんと直前のデータが消滅するというアクシデントを巻き起したという前科がある。
それからPCに触ることを禁止されているのだが、あまりにも午前中しつこく言われ続けたせいで、1人悶々とした顔をして私の背後をうろついた後、もうすぐ私の仕事が一段落というところで、急に痺れを切らしたように私のPCを両手でバーーーン!!!と叩いた。
ノイが「あっ」と声を上げた時にはもう、PCはフリーズしていた。直後に突然画面が真っ暗になり、私のPCはそのまま動かなくなってしまった。
「おいぃぃぃ!!!」と某有名なアニメの主人公のお供のような叫び声を上げて、ノイが私から飛び出す。物凄く早かった。
プーさんの方が下層での立場は上のはずなのに、ノイに首根っこを掴まれて事務所の隅っこに連れ去られ、それはもう壮絶な剣幕でボロクソに怒られていた。
背後では守護のS兄やMちゃんがオロオロし、Dくんは腕を組んだまま眉を下げて困った顔をしていた。
憑依中のひなは大きな溜息を吐き、電源は点いているのに真っ暗な画面のPCを上司の所に持って行った。
幸いにも無理矢理シャットダウンさせて再起動すると、データの欠損もなくどうにか元通りに復元できた。
しばらくノイの怒声が響き渡り、やがて開放されたプーさんは心底しょんぼりした面持ちでとぼとぼと歩いて来たと思ったら、私の隣の空席に座った。
「……ゴメンナサイ」
プーさん特有の、何とも言えないぼんやりとした声真似のまま呟く謝罪が聞こえた。
「……怒ってなぁい?」
別にデータの欠損もないし、私やひなは全く怒っていなかった。
しかし、惜しくもここは職場だ。安易に「大丈夫だよ!」とは声に出せない。
小さく頷くが、プーさんにはおそらく伝わっていない。仏頂面でPCをカタカタやっているように見えたのだろう。
「……あぁ……やっぱり怒ってるぅ……」
見るからに肩を落としてしょんぼりした顔でプーさんは呟き、己のぬいぐるみのような黄色い手を見つめていた。
既に私はこの時点で、笑いを堪えるのが大変だった。だが、流石に職場で誰もいない空席を見て爆笑はできない。
コロナも落ち着きマスクも外していて、個人的に笑えないのはかなりの地獄だった。
「…………」
押し黙って頬杖をつき、モニターを眺めていると視界にプーさんの姿が入る。
「……ゴメンナサイ……」
モニターと私の間に頭を捻じ込むようにして、プーさんが身を乗り出して来た。
あまりの至近距離に、私の鼻から鼻水が吹き出し、噎せるように咳き込んだ。
プーさんは目を見開いて、ススーッと身を引いた。
「……わぁ……汚い……」
汚いって言うな。
ただでさえ自然界には不自然なプーさんの姿で動いている奴が、心底嫌そうな顔で私の鼻水を拭う仕草をしている。もちろんすり抜けているから付着なんてしていない。
私は更に笑うに笑えず、器官に入った何かを吐き出すように咳き込んだ。
分かったって!怒ってないって!
小声で短く呟けば、プーさんは「あぁ~……良かったぁ~……」と安心した顔でスーーーンと椅子からずり落ちていき、フェードアウトしていった。
残念なことに、堪らなくなった私はデスクに突っ伏して声を上げて爆笑してしまった。
【お前ら私の奇行をなんだと思っている?】
私は1人で家に居る時、訳もなく変な歌や呟きを発している。
もちろん時々唐突に思い立ったようにその場で寝転んで匍匐(ほふく)前進をしてみたり、はたまた海老反りをしてみたりと、自分でも訳の分からない上に全く意味の無い行動をしてみることもある。
この文言だけでも既にヤバい人間なのは伝わるだろうが、憑依勢の守護達は見聞きし慣れている。
しかし中には突然奇行に走る私を心配して、神妙な面持ちで外の霊体が集まるツリーハウスからわざわざ降りて来て、私の様子を伺う守護も居る。
以下は個人的な愚痴である。
特に何も考えず、私がただ何となく「ピッ…ピッ…ピッピッピッ」と意味不明なリズムを口ずさんでいる時の出来事だ。
案の定、ツリーハウスの中から数名が「なんだなんだ」と神妙な顔をして降りてきた。
私の様子を眺めた後、訳も分からずリズムに合わせて手拍子始めた。
え?お前ら何で急に揃いも揃って手拍子をしている?
困惑する私を他所に、最初から部屋に居たS兄も完全に訳が分かっていない表情で、周囲に合わせて手拍子を始めた。
ひとしきり手拍子をした後、唐突に飽きたように皆、踵を返した。
しかも守護達は去り際に「きっとあれはNHKの番組の真似だな」と言って戻って行った。
ねぇ、本当に、まじでなんなの???
NHKの番組の真似とか全くしてないんだけど???は???
……虚しさだけが微かに残った。
【スズメバチ】
この話を執筆するより1週間ほど前の話だ。
ある朝、出勤前に玄関の鍵を締めようとして、守護のMちゃんが頭上を指差し「ぎょわあああああああああああああああっ!!!」と絶叫した。
Mちゃんがそんな絶叫をするなんて、相当珍しい。私はつられてMちゃんの指差した方向に視線を上げる。
玄関のドアの斜め上、スズメバチが大きな巣をせっせと作っていたことに、一瞬遅れて唐突に気が付いた。
もちろん私は恐れ戦き、Mちゃんと同等な絶叫をかまして駆除隊を即刻呼んだ。
しかし私側の憑依勢には、超絶虫好きのMariaという女の霊体が居る。
特に蜘蛛が大好きで、生きとし生ける昆虫は全て愛する慈悲深い女性だが、残念ながら私達とは思考が合わない。
「駆除!?駆除するの!?……ところで駆除ってなぁに?」
大家や駆除隊に電話をして依頼をしている横でMariaがそわそわし始める。
Mちゃんに駆除の意味を聞いたのか、電話が終わって通話を切った私の肩を急に掴んだ。
「殺す!?えっ!?なんで!?殺しちゃうの!?蜂さんを!?!?」
「当たり前でしょ。スズメバチだよ?刺すんだよ?スズメバチ。2回刺されたらヤバいんやで」
「でもでもでも!あの子達は人を襲ったりしないわ!」
「いやスズメバチだから。襲わないでね~って意思疎通できる訳ないじゃん」
「私はできるわ!」
「いや、あんたができても私はできんもん。あんた刺されないだろうけど私生身やで」
「でもぉ!あの子達、家の物理的な御守りよ!?駆除なんて可哀想なことできないわ!!」
「ごめん、もう駆除隊呼んだわ」
こんなやり取りの末、Mariaは膨れっ面でその場に座り込んだ。
幸い駆除は午前中に終わり、電話で報告を受けた。
やっと安心、と一息吐く。Mariaは、それはもう悲しげに私のデスクの下で体育座りの姿勢のまま、悲壮感が満載な顔で黄昏ていた。
隣で全く関係の無いS兄が何故か一緒になってデスクの下で体育座りをするもんだから、デスクの下が混み合っている。
ノイが「んだよコイツら、邪魔くせぇな……」と呟く。
「何でS兄、お前までしょげてんの?」
「ん?だって、悲しみも一緒に分け合った方が幸せだろ?」
何か深い台詞が聞こえた気がしたが、全く身に入ってこなくて不思議だった。
ノイは自分から聞いたくせにもう興味を失ったようで、適当な相槌を打っていた。
ーーーその日の帰り道、危険を回避するにあたり、今回は巣の発見に至ったMちゃんの御手柄ということで、Mちゃんの好きな食べ物か飲み物を買ってあげると約束しスーパーに寄った。
Mちゃん単体に好きな物を買ってあげるのは初めてだったのもあって、Mちゃんはどれにしようかと真剣に悩んでいた。
お菓子は好みの物が無かったようで、Mちゃんは飲み物コーナーをじっくり眺めていた。
その横で「俺はこれにしよう!」とその日は全く何の手柄もない、Mちゃんの絶叫につられて何となく叫んだだけのS兄が、いそいそとエナジードリンクを指差した。
状況を眺めていたDくんに「……お前は多分、当たらないぞ」と端的に言われ、S兄は悲しげな面持ちで諦めたようにその場で体育座りをした。
ねぇ、何でうちの守護達は悲しいとその場で体育座りをするんだ???もしかして流行ってる???
Mちゃんは缶ジュースを指差し、1人ホクホクと笑顔でスキップしていた。
あまりにも落胆しているS兄を見下ろし、申し訳程度の可哀想という感情を持った慈悲深い私が、とりあえず適当に酒を追加で買った。
帰宅して仏壇を介して飲み物をそれぞれに贈る。Mちゃんと、気紛れで一緒にお酒を買ってもらえちゃったS兄がとても喜んでいる様子が視えた。
あと、ついでに夫の昔飼っていた白兎にもニンジンをお供えした。これを忘れると白兎は怒る。頭突きされる。私が。
ーーーさて。ここに1人だけ、未だに不機嫌な霊体が居る。もちろんMariaだ。
それ以降Mariaは家の中に出現する虫を仕留めようとすると、決まって物陰から変な角度で顔半分を覗かせてこちらを睨むようになった。
Mariaは美人だが、髪が異様に長い。その辺の貞子より長い。まるで黒染めしたラプンツェルのようだ。
夜中にトイレの前で紙魚という銀色の素早い動きをする虫を見かけてしまい、トイレットペーパーを丸めて構えた瞬間、間に割って入るように真横からMariaの顔がヌゥ……と出現した時は、思わず変な声が出た。
私が心不全である日突然死んだら、原因は夜中に変な現れ方をしたMariaのせいだと思って欲しい。
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