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これは確か私が小学3年生の夏の出来事だったと思う。当時は守護の数も少なく、S兄とノイとひなしか近くにいない時期だった。


当時住んでいた本家の近所に、一見ごく普通の平屋があった。旦那さんが既に他界しているらしく、小柄なおばあちゃんが1人で住んでいた。


花壇の花の世話や子供との触れ合いが好きなようで、度々500円玉やお菓子をくれる、笑顔が素敵なおばあちゃんだった。


しかしこのおばあちゃん、日中は至って普通の愛想の良い雰囲気だったが夕方になると必ず外に出て、自宅の花壇の周りを歩き回り、あらん限りの力でジョウロを振り回し「死ね!」「去れ!」「消えろ!」と近所に響き渡る大声で叫んでいた。


そんな奇怪な行動をとるもんだから、学校でも噂になっていて、いつしか子供達も近寄らなくなっていった。


私と当時の仲の良かったRちゃんだけは日中、おばあちゃんと話していた。


そのRちゃんは霊感があった。でも私と違って死霊だけが視える体質で、死霊が視えることを自分から発して周知させていた。


当時私は今と違って、他人に視えていることは親にしか言ったことがなく、理由らしい理由はないが何となくRちゃんにも伏せていた。


ある時、教室で例のおばあちゃんの話題が出た。あまりにも大声でジョウロを振り回しながら発狂したように「消えろ!」などと叫ぶものだから、ある女の子が「幽霊でも居るんじゃないの?」と言った。


その事がきっかけでRちゃんに視線が注がれ、Rちゃんは自信満々な様子で「何も居ないよ!」と言った。


そこで初めて私はRちゃんが死霊しか感知していないことを知った。


「居ない訳ではないよ」と喉まで出かかったが、私は言うのをやめた。好奇の目で見られると分かっていたし、現にRちゃんは少しクラスで浮いていた。


Rちゃんがそう言ったことで、クラスの子達は「なぁんだ!じゃあただの頭がおかしいおばあちゃんなんだね、あの人!」と嘲笑った。


視えないことが悲しいこともあるんだなと、私は未熟ながらに思った。


その日の帰り、何だかいたたまれない気持ちで所属していた部活を休み、リュックを自宅に置いてからおばあちゃんの家に顔を出しに行った。


おばあちゃんが発狂し始めるのは決まって17時過ぎで、私が顔を出したのは15時過ぎだったと思う。


珍しく1人で顔を出した私におばあちゃんは気付いたようで、大きな窓を開けてベランダに出て来た。


「1人かい?珍しいねぇ。髪を2つに結んでいる子は今日はお休みかい?」


「Rちゃんは部活だよ。今日は私が部活をサボったから」


「あれま、どうしてサボったのさ?」


おばあちゃんは家にあったお菓子を私に手渡した。


受け取りながら、ふとおばあちゃんのいつも黄色に近いオーラが褪せてセピア色になっていることに気付く。


ここ最近見かけた時にはこんな色はしていなかったはず。妙に引っかかる気持ちを抑えた。


例の発狂の件で私が視えている状況を言おうか言うまいか迷ったが、変に遠回しに言うと濁されると思い、単刀直入におばあちゃんを見上げて言った。


「夕方来る、あの白くて大きい顔は何なの?」


その言葉を言った瞬間、おばあちゃんの顔から笑みが消えた。


一瞬無表情になり、その後絞り出すように言った。


「……あんたアレが視えるんかい」


消え入るような声で言った後、私の肩を引っ掴み、今度は捲し立てるように言った。


「アレは何処まで視える!?口かい!?鼻まで!?まさか目は視えてないね!?」


突然の剣幕に私は怯み、咄嗟に「鼻まで」と嘘を吐いた。


するとおばあちゃんはほっと息を撫で下ろした。


「……それならまだ大丈夫だね」


「目が視えたらどうなるの?」


本当は真っ黒な眼球のない窪みだけは視えていた。


「連れて逝かれるよ」


おばあちゃんはやっと私の肩を手放して、大きく溜息を吐いた。


「あたしの旦那がね、アレの目を視ちまって。3日だよ?3日。3日で急死したんさ」


「視えちゃっただけで?」


「元々は輪郭、口、鼻だけが視える状態だったらしいんだけどねぇ。あたしはまだその時アレが視えていなかったから、なーに言ってんの!って笑い飛ばしてたんだけど……本当に居たのさ。参っちゃうねぇ」


「おばあちゃんも輪郭と口、それから今は鼻まで視えているってこと?」


「昨日まではそうだねぇ。アレは視えるとだんだん近寄ってくるから」


「うん。だからおばあちゃん、ジョウロで倒そうとしてたんだね」


そう言うと、おばあちゃんは疲れたようなやつれた笑顔を見せた。


「そうだねぇ。ご近所さんには頭のおかしいババアだと思われているだろうけど……視えないって、幸せだねぇ」


そんな言葉を言った直後だったと思う。


不意におばあちゃんのお宅の隣の民家から「おーーーい」と聞こえた。


老いた男の声に聞こえたが、一瞬何か別の声音も混ざっているような、不可思議な声だったのを感知したのを今でも覚えている。


私とおばあちゃんはほぼ同時に隣の民家に目をやった。


「はーい、河野さんかい?今日も暑いね……ぇ……」


私の背後でおばあちゃんが言葉の途中で息を呑んだ。


私はというと、既に言葉を失って呆然としていた。


何気に振り向いた右隣に、平屋と同じ高さの真っ白な顔があった。


まるでお面のような口元だけ笑っている鼻梁の整った巨大な顔が、手を伸ばせば触れるほどの距離にある。


あまりにも不意打ちだったせいで、私は黙って見上げることしかできなかった。


数秒固まった後、先に我に返ったのはおばあちゃんだった。


恐ろしい表情で私の肩を鷲掴みにして、そのまま自宅の敷地内から半ば強制的に私を追い出した。


「帰りんさい、今すぐ!」


怒鳴るように私の背を押し、振り返ろうとすると更に声を荒らげた。


でも、と唯ならぬ悪寒を感じて食い下がり、無理矢理おばあちゃんの方を振り返る。


「大丈夫、どうせあたしはもう老い先短いからね、気にするんじゃない」


そんな言葉を呟いたおばあちゃんの背後に、白い顔が張り付くように聳えていた。


白い顔の目の位置にある黒い窪みの奥に、何かが蠢いた気がした。


おばあちゃんは気丈な言葉を吐いたが、私を押す手が震えていたのを今でもはっきりと覚えている。


小柄だった私はおばあちゃんに押されるがまま敷地内から放り出された。


その瞬間、コマ送りのように脳裏に浮かんだのは『セピア色の背景と白い顔におばあちゃんが食われる映像』だった。


そこで初めてはっとして、「おばあ……」と呼び掛けたのだが、掻き消すようにおばあちゃんの「ああーーー」とも「おおーーー」とも判別できない不快な声を耳にした。


おばあちゃんは正面の白い顔を見上げていた。おばあちゃんの視線が黒い窪みの位置に注がれている。


直感で「あの光景は長く見てはいけない」という恐怖を抱き、私は踵を返して走り出した。


去り際にちらっとおばあちゃんの足元を見た時、何だか凄く違和感があった。


違和感の正体に気付いたのは、とぼとぼと俯きながら帰宅した時だった。


ーーーおばあちゃんの足元から、本来あるべき影が消えていたのだ、と。




その晩はなかなか眠れず、かと言って親に赤裸々に話せる内容ではなく、1人悶々と布団に潜っていたのだが、そのうちやって来た睡魔に抗えず、深夜を回った頃に私は眠りに落ちた。


時計の秒針がやけに大きく感じて、凍えるような気配を感じて我に返る。


夢か現実かも曖昧なくらい真っ暗な空間に、私は1人立っていた。


守護であるひなの名前を呼んだが応答はない。


辺りをキョロキョロ見回していると、唐突に肩を叩かれ飛び上がった。


「あらま、びっくりさせちゃってごめんねぇ」


聞き慣れた声音に安堵し振り向くと、おばあちゃんが立っていた。


「良かった!無事……」


だったんだね、と続けようとして固まった。


この日最後に見た姿のおばあちゃんの背後に、白い顔が聳えて笑っていた。


しかも、僅かに開いた口から白い腕が何本も伸びておばあちゃんに巻き付いている。


「あんたこそ無事でほっとしたわ」


悠長に安堵するおばあちゃんだが、徐々に白い手が食い込んでいく。


そして、ビリ!!!と紙を割くような勢いでおばあちゃんの腕をもぎ取った。


おばあちゃんは叫ぶことすらせず、ただ諦めたような、はたまた疲れ切ったような表情を浮かべるだけだった。


白い手は、おばあちゃんからもいだ腕を目の黒い窪みのところに投げ入れた。


何故か蜂の羽音のような、耳障りな音が響いた。


白い手はおばあちゃんの四肢をもぎ取り、全て窪みに投げ入れると残った胴体を羽交い締めにした。


そしてスッと後退し、やがてそのままおばあちゃんを連れて闇に溶けるように消えた。


胴体と頭だけの姿になったおばあちゃんは消える直前、遠退きながら確かにこう言った。


「見ちゃいけないよ。あれはね、窪みの奥にたっくさんの目あるんだよ。暗い空間に物凄い数の目がーーー」




ーーーそこでピピピ、と目覚ましの音が響き、私は目を開いた。


気付けば既に朝日が差し込み、時刻は7時を回っている。


急いで支度を済ませ、リュックを背負って家を出た。


おばあちゃんの家の前を通ったが、テレビの音も漏れていない。やけに静かだったのを覚えている。


友達におばあちゃんのことは他言せず、ごく普通の1日を終えて、始めたばかりの部活練習でクタクタになって帰った。


夕方になっても外におばあちゃんの姿はなかった。インターホンをわざわざ押す勇気はなく、私はそのまま素通りした。


それから数日おばあちゃんを見掛けることはなかった。


ある日の夕方、部活終わりに通りかかった時、おばあちゃんの家の前にパトカーやら救急車、それと野次馬やらが沢山集まっていた。


祖母が窓からその様子を眺めて、祖父に向かって言っていたのを偶然聞いた。


「孤独死だってさ」


数日経ってから、おばあちゃんの遺体を近隣の住人が用事のため訪問した際に発見したらしい。


その体験で、私は死期の近い人間から影がなくなることを知った。


今でもあと数日で亡くなる人間から影がなくなっていることに気付く時がある。


大体が赤の他人なので私が関与することはそうあるものではないが、その後も周りで近日亡くなる人間の影が消える事例を、幾度となく目撃することになる。


私が死に呼ばれるまで。

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