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「うわっ、びっくりした。ルーイ先生ご在宅だったんですね」
「えっ、クライヴ君?」
扉が開かれたことでノック音が止んだ。休業中の店に対してこんなことをする人間はどこのどいつだと思っていたが……まさかの知り合い。
私たちの前に現れたのは王宮警備隊三番隊の隊長……そして、王太子殿下直轄近衛部隊の隊員でもある『クライヴ・アークライト』さんだった。
「クライヴさん……どうして」
「あ、リズちゃん。君もいたんだね。ということは……」
この先は聞かなくても分かる。クライヴさんはクレハ様の所在を確認しているのだ。私は彼と目線を合わせたまま静かに頷いた。姿は見えないがクレハ様も店にいるという意味を込めて……
その後、クライヴさんも私と同じように無言で頷いてくれた。どうやらアイコンタクトは正しく通じたようだ。
「クライヴ君……いつからキミはこんなイタズラをするような悪い子になったの? 俺なんかしたっけ? それとも仕事でムカつくことでもあってそれの憂さ晴らしかな」
ルーイ先生は連続ノックの犯人をクライヴさんだと仮定して理由を問いただしている。話し方の雰囲気からして怒ってはいないな。戸惑いや不信感よりも好奇心が勝り、茶化しているという感じである。
「いやいや、先生。それはとんでもない誤解です。扉を叩いていたのは俺じゃなくてこの子ですよ」
クライヴさんの背後に隠れていて気づかなかった。そこには彼の他にもうひとりいたのだ。『この子』と呼ばれた人物は、ゆっくりと私たちの前にその姿を現した。
「……ご、ごめんなさい。私……」
今にも消え入りそうな声。ふるふると震えながら謝罪の言葉を口にしたのは、私と同じくらいの年頃の少女だった。髪は薄茶色のセミロング。瞳はつぶらで温かみを感じるオレンジ色……少し太めの眉は怯えているためか、垂れ下がっていた。身なりはきちんとしていて、服装からしても恐らく貴族の子女。
「えーと、こちらのレディが犯人だって?」
予想外の展開に先生も困惑している。たまにイタズラをする人間がいるというのは先ほど聞いたが、まさかこんな大人しそうな少女だとは思っていなかったのだろう。なにせこの状況で少女は今にも泣き出してしまいそうなのだから。
「ルーイ様。ひとまず中に入って頂きましょう。そこだと通りから丸見えですから」
店の奥から先生に話しかける声。クレハ様だ……様子が気になって我慢できなくなられたのか。クライヴさんもいるので緊迫しているというほどではないが、まだこの少女の正体が分かっていない。主にはもうしばらく身を潜めていて頂きたかったが……
大丈夫なのかと不安な気持ちでクレハ様へ振り返った。その瞬間、私の心配は杞憂に終わる。
「ク、いや……ラリーか。そうだな、詳しく事情も聞きたいしな」
「こんにちは、クライヴさん」
「あっ!! こ、こんにちは。ラリーさ……ん」
クライヴさんが咄嗟に頭を下げようとして慌てて中断した。クレハ様は薄い色付きのメガネと黒髪のウィッグを被っている。この格好をした時の主はルーイ先生の助手である『ラリー』なのだ。王宮の兵士が畏まった対応をするのは不自然になる。幸い少女には気づかれていないようなので良かった。
6年前……クレハ様がある事件の捜査を行う際に、身分を隠すために変装したのがきっかけで誕生したのがこの『ラリー』である。今では事件とは関係なく、市内を歩き回る時などにも使われていた。そのため『とまり木』にもウィッグと衣装が一式揃えられている。クレハ様は奥の部屋で急いでそれに着替え、私たちの前に現れたということだ。
ラリーの姿なら正体を隠せるうえに、クレハ様も自分とは違う人物を演じているという意識から、人見知りが緩和されるのだと語っている。つまり、色々な意味で便利な姿なのだった。
「そちらの方、怖がらなくても大丈夫ですよ。さあ、中へどうぞ」
クレハ様は……いや、ラリーさんは少女に向かって優しく微笑んだ。少女は最初こそ突然現れたラリーさんを警戒していたみたいだけど、徐々にそれが薄れていくのが分かる。まるで花に引き寄せられる蝶が如く、少女はラリーさんがいる店内へと足を進めていくのだった。
「本当に……申し訳ありませんでした」
少女は私たちに向かって深々と頭を下げた。二度目の謝罪……やはりどう見てもイタズラをするような子には見えないな。
店内に戻った私たちは、クライヴさんと件の少女を加え、改めてテーブル席に着いた。少女は椅子に座ったのとほぼ同時に再び謝罪の言葉を述べたのだった。
#一次創作
なべたろう🩵🐧推し
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1,629
もな
68
「そこまで怒ってるわけじゃないからいいよ。でも、二度としちゃだめだよ」
「……はい」
「よし、ちゃんと謝れて良い子だ。レモンパイ食べな」
先生は少女の目の前にレモンパイと紅茶を置いた。すると、ここまでずっと俯いたままだった少女が顔を上げたのだ。美味しそうなスイーツに興味津々といった様子だ。
「あ、あの……私が食べてもよろしいのですか」
「もちろん」
「ありがとうございますっ……い、いただきます」
少女はゆっくりとパイにフォークを入れた。小さくカットして口の中へ……
「……美味しい」
「良かった。今度来る時は店がちゃんと営業してる時にしなね。これよりもっと美味しいスイーツが食べられることを保証するよ」
「はいっ……!!」
少女の顔はキラキラと輝いていた。よほど感動したのだろう。夢中でレモンパイを食べ進める。
「それはそうとさ、クライヴ君はどうして店の前にいたの? この女の子のことも含めて説明して欲しいんだけど」
「あ、はい。そうでした……」
先生と少女のやり取りを微笑ましげに眺めていたクライヴさん。出された紅茶に口を付けたところで先生に呼びかけられ、慌てて姿勢を正したのだった。