「え……私、ですか。どう、して?」
目の前に差し出された手に私は困惑するしかなかった。
ダンスのパートナーにと差し出した手の主を辿れば、彼、リース・グリューエン皇太子殿下はとても嫌そうなかおをしていた。とても私とダンスを踊りたいというようには思えませんでした。
(どうして、私んですか?)
この世界に召喚されて、災厄を討ち滅ぼしてくれと言われて、早数日、時間の感覚はあまりなく、早いようで長いような時を此の世界で過ごした。
その中で、私は運命のような出会いをしました。それが、私より先に召喚された聖女、エトワール・ヴィアラッテア様。
彼女は、初めて会ったとき右も左も分からない私に微笑みかけてくださって、私に優しくしてくださいました。同じ聖女だから頼って欲しいとでも言うように、私の手を引いてくださいました。そんな彼女に、私は姉のような家族のような愛を抱きました。だから、私は彼女のことを「お姉様」と呼ぶことにしたのです。姉妹というものはよく分かりませんでしたが、きっとこの感情は家族に向けるものなのだと、私は考えました。でも、今はどうでしょうか。
(その手は、お姉様がとるはずなのに……私じゃない)
お姉様は、リース皇太子殿下のダンスのパートナーとして懸命に練習をしていました。それは、私が来る前から練習していてお姉様もお姉様なりに努力をしていたようです。当の本人であるお姉様はどういう思いで練習していたかは分かりませんし、リース殿下とどのような関係なのかも、未だに分からないままです。
しかし、こう目の前にリース殿下を見てみれば、彼がお姉様を欲していることは明白で、私など眼中にないようでした。
それを嫌だとか、悲しいとかは全然思いませんでした。ただ、私のお姉様なのに、もしこの人がお姉様を私からとってしまうのなら……と心配になりました。幸い、お姉様にはまだそのような感情がないようですが、押しに弱いようなお姉様のことですから、リース殿下に迫られればもしかしたら、と言うことも考えられるのです。
そう考えると、心が安まりませんでした。
リース殿下に限らず、お姉様の周りには格好いい殿方がたくさんいます。私が気に入らないのは、紅蓮の髪を持つ公爵、アルベド・レイ様です。彼はやたらとお姉様と距離が近いですし、お姉様の制止を振り切ってお姉様に過度なスキンシップをします。
他にも、水属性の魔道士で、いつも優しい笑顔を浮かべているブライト様や、私の護衛騎士になったグランツさんもお姉様に好意を向けているようで。
いつか、お姉様は私を見てくれなくなるのでは無いかと、いろんな人に嫉妬してきました。
この感情は秘めていないといけないものな気がして、私は何も言えずにいましたが。
「何故、手を取らない?」
「い、いえ……その、ダンスはお姉様と……エトワール様とだと思っていましたので」
私が手を取らずにいると、さらにリース殿下は顔をしかめて、早く手を取れとでも言うように急かしてきた。あちらには、私をパートナーに……何て意思はないのにと、周りを見てみれば、私達を祝福するような羨ましい微笑ましいとでも言うような視線や声をかける貴族で溢れかえっていた。
ああ、仕方ないのか。
と、私は諦めた。私にも、リース殿下にも意思はない。ただ、そう求められているからそうするだけ。
「トワイライト」
「は、はい。何でしょうか」
「俺と踊ってくれないか?」
「ですが、お姉様が……」
そう彼に言うが、彼の心はここにあらずと言った感じで、きっとこの広い会場の中からお姉様を探そうとしていたのでしょう。目線があちこちに動くものですから、私はどうすれば良いか分からなくなったのです。
それから暫く探していたリース殿下は、顔を青くして何かに絶望したように口を開いたかと思えば、固く閉じてしまいました。
「リース殿下?」
「……っ」
「リース殿下」
「ああ……」
名前を呼んでも数回は反応がなく、ようやく我に返ったリース殿下は私が諦めて手を取ったのを確認すると、会場の中心へと私をエスコートしていきます。
その間も、ずっと私達は会話らしい会話はありませんでした。
曲が流れ初めても、彼は浮かない顔をしていましたし、私のドレスを見て誰かを重ねるように寂しそうな色を瞳に浮べていました。大方、お姉様のことでしょうが、私だってお姉様に会っていないのにと、腹立たしくも思いました。
本来であれば、今晩もお姉様と会場に入って愉しくお話をしながらついで……と言う言い方は、失礼極まりないのですがリース殿下の誕生日を祝えればと思っていました。ですが、私はお姉様と引き剥がされ、会場に入れば多くの貴族に聖女様、聖女様と詰め寄られ、結局今日は一度もお姉様と話すことができませんでした。
「……何か?」
「いや……何でもない。それよりも、俺に気を遣わなくて良いぞ」
「な、慣れていないだけです」
ダンスの最中、こっそりと殿下の視線があまりにも酷く感じたので声をかければ、私が遠慮しているように思えたのか、気を遣わなくて良いと声をかけてくださいました。
私はそれにどう答えれば良いのか分からず、慣れていないだけ。と半分本当で、半分嘘を交えて返しました。
「どうかしたか?」
「すみません、私で」
「は?」
そう私が謝れば、さらに機嫌を悪くする殿下。しかし、彼のいっていることはごもっともで、納得してしまう自分もいた。
「いや、これは皇帝や貴族達が望んだことだ。俺の意思ではないが……お前が謝る必要はない」
「そう、ですか……」
「お前も嫌だろう」
(嫌といわれて、嫌など返すことできないでしょう……)
そんなこと言えるはずもなく、私は曖昧に笑うしかなかった。
それから、私がお姉様と一緒にいることを自慢すれば、彼は羨ましいとでも言うような表情を私に向けた。でも私だって、彼のことを羨ましいと思う。
その点では、殿下とは気があいそうだと思った。欲しいのに、届かない。お姉様は誰か一人のものではないと。
「で、殿下。もしよろしければ、この後お姉様を探しに行きませんか?」
「俺とお前がか?」
「は、はい……嫌なら大丈夫ですが。その一人より、二人で探した方が良いと思って。私もまだ、今日、お姉様と会っていなくて」
私の提案に殿下は、迷うことなく了承してくださいました。
ダンスが終わった後、彼の補佐官であるルーメン様に言い訳をしてお姉様を探すためにバルコニーへと足を運んだ。正直、慣れないヒールで足が痛かったけど、それを我慢して殿下の後についていきました。
バルコニーに出れば、冷たい空気が頬を撫で、少し肌寒かったですが、お姉様を探すことに必死になっていたためさほど気になりませんでした。
バルコニーに出てすぐに、リース殿下はお姉様を見つけました。しかし、お姉様の隣にはあのアルベド・レイ様がいて、リース殿下は二階から飛び降りようとしました。それが、自殺と言われる行為でないことは分かったのですが、彼が怪我をしたらお姉様が心配してしまうのではないかと思い必死に止めました。その間、彼は私にきつい言葉を浴びせましたが、何とか自分を抑えているようにも思えました。
何とか、飛び降りることを止めれましたが、今度は殿下は私に背を向けてまた歩いて行ってしまいました。また危険な事をするのではないかと、呼び止めたのですが、彼は私の方を振返ろうともしませんでした。
「殿下、どちらに!?」
「ついてくるな」
「で、ですが」
「お前が、飛び降りてはいけないと言ったのだろう。だから、下まで降りるだけだ」
そう言って、殿下はバルコニーから姿を消し、残った私は、バルコニーから下の庭園の様子を眺めていました。
楽しそうに話しているお姉様と、アルベド様。そうして、何を思い立ったのか二人は立ち上がり庭園を抜けていこうとしました。それから、ブライト様も加わって何かもめているようでしたが、その内容までは聞えず、私は歯がゆいような思いを抱えその動向を見守っていました。
「雨…………?」
すると、暫くしてぽつりぽつりと降り出した雨は、バケツをひっくり返したような豪雨に変わっていました。そして、三人の姿が見えなくなった頃を見計らったかのように、殿下の補佐官であるルーメン様が私の方へ駆け寄ってきました。息を斬らした彼は、慌てたような様子で私を見た。
私がいなくなったことが騒ぎになっているのか、殿下がいなくなったことが騒ぎになっているのかは分かりませんでしたが、私の顔を見ても安心しないところを見ると、後者だったようです。
「どうされたんですか?」
「殿下を、見ませんでしたか?」
「い、いえ。先ほどまで一緒に行動していたのですが」
ルーメン様は私達が一緒に会場を出たことを知っている筈なのに、どうしてそのようなことを聞くのか不思議で仕方ありませんでした。ですが、補佐官という役職の上、皇太子が消えたとなればそれはもう大変なことなのでしょう。私が、何処に行ったのか分かりませんと答えれば、彼は頭を下げて、ありがとうございますといってバルコニーを出て行ってしまった。私も、会場で騒ぎになっているといけないと、そろそろ戻ろうと方向転換したときでした。
ピシャリと稲妻が落ち、私はその場にしゃがみ込みました。鼓膜を直接刺激するようなその音に、私は耳を塞ぎ、動けずにいました。
(凄く、嫌な予感がします……)
先ほどまで、あんなに晴れていたというのに、月明かり、星明り一つすらない真っ黒な雲に覆われた空を見て、私は嫌な胸騒ぎを感じ、このままではいけないと急いで会場に戻ることにしました。
(お姉様は、無事ですよね……)
きっと、お姉様なら大丈夫と思いつつも、これから本当に恐ろしいことがおこる気がして、一刻も早くお姉様と合流しなければと私は痛む足を引きずりながら会場へと戻った。
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