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嫌な胸騒ぎは収まらなかった。


会場に戻れば、聖女がいないだの皇太子がいないだのちょっとした騒ぎになっていた。

私は、ブライトの計らいで濡れた髪もドレスも魔法で乾かしてもらったのだが、それでもまだ靴の中だったり、髪だったり濡れているような気がして、じんめりとしたなんとも言えない不快感が残る中、戻ってきたのは偽物かとでも言うような視線を向けられ、また嫌な気持ちになった。

戻らなければよかったかなあ、と思ったが会場にリースがいるものだと思ってきたためまた引き返すとなると面倒だと、会場で待つことにした。だが、一体何処にリースは行ってしまったのだろうかと。トワイライトもだけど。


そんなことを考えつつ、アルベドの方をちらりと見れば彼は何だか落ち着かない様子で辺りを見渡していた。


「何? やっぱり、こういう所苦手?」

「それも、あるけどよ……」


と、何だか言いにくそうな、どう説明すれば良いか見たいな顔をして私を見ると、彼は眉間に皺を寄せて舌打ちを鳴らした。私は悪くないのになあ、何て視線を逸らせば、私と同じぐらいアルベドも何でここにいるの? とでもいうような視線を皆から向けられていた。


嫌われ者は辛いよね。

なんて、ここでは大きく言えないけれど、そういう声でイライラしているのかと思ったが、どうやら原因は他にあるらしい。


「なあ」

「何?」

「何か嫌な感じしねえか?」

「嫌な感じって、その、貴族達の視線?」


ちげえよ。と私の言葉を一蹴りして、アルベドはさらに皺を寄せる。私に対して怒っているようではなかったけれど、何にそんなに気を立てているのかと彼の言葉を待つ。

彼は、暫く考え込むように腕を組み、また会場に目をやった。


「た、確かに、いきなり雨降るとか、わ、私も嫌な胸騒ぎ感じてるけど、その原因って分からないし……」

「お前もか?」

「え、あ、うん」

「なら、案外間違ってないのかもな」


そう言って、彼はもう一度舌打ちをした。

何が、とは聞かなかったが、彼も私と同じように嫌な胸騒ぎだの、雰囲気を感じ取っているのだ。貴族達の視線やら陰口なんて比にならないぐらいの黒い何かを。

背筋が凍りそうな思いをしていると、アルベドは大丈夫かと私の顔を覗いた。


「顔色悪いぞ」

「う、うん……あ、いや大丈夫だから」


会場にいるはずなのに、耳にこびりつく雨足はどんどん強くなり、雷鳴が轟き始めているようにかんじた。本当に不吉だと。この国では雨が降ることが滅多になくて、星流祭の一日雨が降ったことにすら驚かれているぐらいなのだから、雨量は少ないのだ。それも、夜となればもっと。


「あっ、ブライトお帰り」

「はぁ、はぁ……エトワール様」


そうして、暫くすると会場内で弟を捜し回っていたブライトが息を切らしながら帰ってきた。彼はちらりとアルベドの方を見て、何かを伝えるように目配せをすると私の方を見た。

一体如何したのだろうと、首を傾げてみれば、ブライトも不吉な何かを感じ取っているのか、私に大丈夫かと聞いてきた。

体調的には問題ないのだが、どうして私に聞くのだろうかと聞こうとすれば、先にブライトが口を開いた。


「矢っ張り、ファウはいないみたいです。従者達にも聞いてまわったんですけど……」

「見間違いだったんじゃないかな……そうすると」


と、私が言えば、そうなんですかね。と不安を拭いきれない様子でブライトは俯いた。


彼の顔は少し青くなっているような気がして、何かに怯えているようにも思えた。私はそんな彼を前にしてどんな言葉をかければいいのかと迷っていれば、アルベドが私とブライトの間に割って入るようにブライトに話しかけた。


「おい、ブリリアント卿」

「何でしょうか」

「お前、彼奴をここに連れてきたって言うのか?」

「…………連れてくるわけがないでしょう。その気は全くありませんでしたし」


そう、彼らは私が分からない会話を始めたので、私はただ黙って二人のやり取りを見つめていた。一体何を話しているのだろうかと。

そして、ふと、ブライトの表情が強張るのを感じた。それはまるで、彼が一番恐れていることが起こったようなそんな感じがした。


(この二人って仲がいいのか悪いのか分からないんだよね……星流祭の時もそうだったけど)


何て私は、結構平和ボケしているような考えが浮かび、彼らの動向を見守っていた。前もそうだったが、星流祭の時私とブライトが険悪なムードになった時アルベドが私達の間に割って入った。そうして、ブライトに対しアルベドは「貸し」だといったのだ。ブライトはその言葉に首を縦に振っていたし、何が貸しだったのか私には未だによく分かっていなかった。二人には言葉がなくても伝わるようなものだったのだろうが、私には何のことだかさっぱりだった。

アルベドの言う彼奴とは何なのか。ブライトが何を恐れているのか。


「ブライト、その……」

「いい加減、エトワールに教えてやれよ。ブリリアント卿」


と、私がブライトに尋ねようとすれば、アルベドが私の言葉に重ねるようにずいっと口を挟んだ。


口を挟まないで欲しいと思ったが、言いたいこと、聞きたいことはアルベドの言うとおりなので少し腹が立ちつつも私はブライトの顔をじっと見ていた。アメジストの瞳は揺らいでいたし、まだ何かに迷っているようだった。ふと思えば、このブライトが隠しているもの、アルベドとブライトには分かる共通のものこそが、私に隠していることなのだと思った。

それを聞けるなら、わたしのこのモヤモヤも晴れると。

ブライトは、少し考えた後、意を決したように口を開いた。


「そうですね、もうこれ以上隠すことはできないでしょうから」


ブライトはそう言って、一息つくとアルベドの方を一度見た。アルベドは、自分の口からは言わないから、どうぞ勝手にといった様子で頭の後ろで腕を組んでいた。


「聖女であるエトワール様には、話しておかなければならないないようですから」

「それをずっと黙ってたって事?」

「はい……すみません」


そう言ってブライトは深く頭を下げた。まだいまいち何を言われるのか分かっていないが、これまで隠してきた内容を話してくれるらしいので、そこは考えないようにした。

でも、私に関わる、聖女に関わると言うことは相当な事なのだろうと、私が少し期待を胸に待っていると、ブライトは口をゆっくりと開いた。


「実は、僕の弟は――――」


そうブライトが言いかけた瞬間だった。

会場がざわめきだし、貴族達の視線が会場の出入り口へと集まった。


「……ッ」


隣にいたアルベドも目の前にいたブライトの二人の顔は一気に鋭いものになり、彼らもまた出入り口へと視線を向ける。


「皇太子殿下だ」

「でも、何か様子がおかしくないか?」


と、貴族達は口々に言う。


(リース……? 何だか、様子が可笑しい……)


その言葉の通り、会場の入り口に現れたのは、いつもと様子が違うリースの姿だった。ただ、はっきりと姿が見えたわけではなく、群がる貴族達の間から見えただけで、それでも一目で可笑しいと分かるぐらい彼は変わり果てていた。足を引きずるように、病人のように歩き、彼の眩い黄金の髪はぼさっとしており、その輝きを失っているようにも思えた。その姿はまるで別人のようにも見えたが、あれは間違いなくリースだった。だが、彼の勇ましさや神々しさといったものは何一つなくなっていた。まがまがしさすら感じたのだ。

どうしたのだろうと、近付いてみようとすれば、後ろから肩を掴まれた。


「おい、エトワール!」

「あ、アルベド?ちょっと、何?」

「近付くな」


そう、アルベドは焦った様子で私に叫んだ。

その声に反応しないぐらい、周りはざわめいていたし、異常な様子のリースを見て皆不安げな表情を浮かべている。そんな彼等を見て、私は冷静でいることなどできなかった。

一体何があったのか知りたかった。何故、こんなにも人が騒いでいるのか。

だから私は確かめたくて近付こうと足を踏み出したのに、それをアルベドに止められてしまった。彼は首を横に振るだけで、それでも必死だと伝わる表情で私の肩を強く掴んでいた。


「レイ卿、この会場にいる貴族全員に転移魔法をかけれますか?」

「おい、誰に命令してんだ」

「できるかと聞いているんです」

「ッチ……だが、会場の外に出すのがやっとだぞ。外は雨だ」

「…………やむを得ません」


と、ブライトはそう言って、アルベドにお願いします。と言った。

そして、私はそんな二人の様子をただ見ているだけしかできず、今の状況が分からなかった。ただ、あの異様な雰囲気を放つリースの元へ行かなければと、そう思っていたのに。


そんな時だった。

突如、ブワッと黒い何かが会場全体に広がりだし天井からつり下げてあったシャンデリアが次々と割れていった。

会場には悲鳴が響き渡り、貴族たちは我先にと出口へ駆け出す。だが、出口付近にはリースがおり、その黒い何かはリースから発せられているのだと私は気づいた。

私は呆然と立ち尽くしていた。何が起きたのか、何が起きているのか理解できない。

ただ、目の前の光景が信じられなくて、どうしていいのか分からない。何が起こっているのか、分からない。

悲鳴と混沌に包まれていく会場。不安と恐怖が伝染し、私の身体もいつの間にか震えていた。


「エトワール様」

「……っ、ぶら、ブライト」

「ここは危険です。もう少しで、レイ卿が転移魔法を発動させてくれますから」

「え、え、なに、何が起ってるの?」


そう私が問えば、ブライトは首を横に振った。それだけじゃ分からないと彼の服を掴んだが、彼は焦った様子で、落ち着いてくださいと全然落ち着けないような言葉をかけてきた。


「脱出でき次第説明しますから」

「脱出って……でも、リースが!」


私の言葉に、ブライトは目を細め、あの黒い霧のような何かの発生源であるリースを見た。私も、彼が可笑しくなったことを認めたくなくて、それでも状況を理解したくて彼を見れば、彼の頭上の好感度が消えている事に気づいた。


(好感度が消えてる……!?)


この前までは99%だったのに、それが今ではー%と表示されなくなっていたのだ。

私はその事実を受け入れたくないと強く思いながら、それでもリースから目が離せなかった。%が残っていると言うことは、攻略キャラであり続けていると言うことなのだろうが、見たことも無い表示の仕方で、私は戸惑いが隠せずにいた。どうしてそうなっているのか。ブライトやアルベドは確かに普通通り好感度が表示されているというのに。

そんな風に見ていると、リースから放たれる禍々しい気配は会場全体を侵食しリースの足元からは闇のようなものが広がりだし、それはどんどん広がっていく。まるでリースを呑み込むかのように。


「おい、こっちは準備出来たぞ」

「分かりました。ありがとうございます」

「待って、ブライト、意味が分からない!」


アルベドは、転移魔法の準備ができたようで、ブライトに向かって叫んだ。

私は、まだ聞きたいことや、リースをこの場に残していけないと叫んだが、ブライトに強く引き寄せられた。その瞬間、リースがいるであろう方向から途轍もない殺意の視線を感じ、私の心臓はぎゅっと締め付けられた。


「少し、乱暴なやり方だが、命が助かるんだ。大目に見ろよな!」


と、アルベドが叫ぶと、会場の床一面に大きな緑色の魔方陣が現われ、私達はその魔方陣から放たれた緑色の光に包まれた。転移魔法だ。


「リース!」


私は、転移の途中ずっとリースの名前を呼び彼に手を伸ばしていた。そうして、転移が完了するその瞬間、目の前にあのシステムウィンドウがヴンと音を立てて現われた。

そこに表示されていた文字に、私は目を大きく見開いた。


【緊急クエスト:強欲の皇太子リース・グリューエン】

乙女ゲームの世界に召喚された悪役聖女ですが、元彼は攻略したくないので全力で逃げたいと思います

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