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「それで、君は、何処まで行くつもりなのだい?」
月子が、自力で立てそうにないと見たのか、男は言いながら、手を差し出して来る。
手をとって、立ち上がれということなのだろうが、見知らぬ男の手を握ることに、月子は、ためらった。
そこも、男は、お見通しなのか、
「往来で、いつでも座り込んでいるわけにもいかんだろう。さあ、立ちなさい」
と、言ってくれる。
この、どこまでも、命令口調には、逆らえないと月子も観念し、恐る恐る、男の手を取り、立ち上がったが、やはり、ずきりと、足首に痛みが走った。
顔を歪める月子に、男も、気がついたようで、
「足を挫いたか……」
と、一言い、考えこんだ。
そして、月子へ背を向けてしゃがみこむ。
「このままも、らちがあかない。何処まで、行くつもりだった?それとも、家へ帰る途中だったのか?とにかく、行き先を言いなさい。送って行こう」
つまり、おぶされと言うことなのだろうが……。
巾着を取り戻して貰えただけでも、有難い話なのに、おぶって、月子の目的地まで連れて行ってもらうまでは、さすがに、甘えられない。
月子が、躊躇していると、またもや、男は、早く言わないかと、これまた、怒鳴り付けているような、大声で、行き先を尋ねて来た。
その声の大きさに、通り行く人々は、何事かと、チラチラ振りかえってくれる。
皆に見られるのが、恥ずかしく、月子は、余計口ごもった。
「このままだと、通行の邪魔になる。早く、私に、おぶさりなさい。そして、行き先を早く言いなさい」
手助けしてくれようとしているのは、月子にも十分分かるが、どうも、男の執拗な、そして、威圧的態度が、素直に受け入れられなかった。
とはいえ、確かに往来の邪魔になっていた。
下駄の鼻緒でも、切れたのかと、通行人は、つたなくたっている月子としゃがんでいる男に、チラリと目をやると、わざわざ避けて通っている。
確かに、ここを退かなければいけないのだろう。
月子は、観念し、懐から、例の行き先を書いた紙を取り出すと、男へ渡した。
「……ここへ、君は行くつもりなのだね?」
渡された紙を受け取り、男は、書かれてある住所に目をやった。
が、何故か、渋い顔をして、
「……ここに、何の用があるのだ」
と、どこか月子を責める様に言う。
その剣幕に近い勢いに、月子は、
見合いだと、つい答えていた。
「……しかし、君。見合いも何も。今日は平日で……。そのようなものは、日曜やら、休みの日に行うのが普通だろう?それに、君……」
そこまで男は言うと、黙りこんだ。
──そんな格好で。
きっと、そう言いたいのだろうと、月子は恥ずかしさに襲われた。
そもそも、見合いに人力車を使う訳でもなく、徒歩で、それも、普段着以下の格好で出向くなどあり得ない。
赤の他人の、この男ですら、そう言いかけたのだ。
黙った男の言葉を読み取った月子は、恥ずかしさから、つい、ポツリと言っていた。
「……お手伝いに……裏方のお手伝いに呼ばれて……」
「なるほど、準備に人手がいるのか。しかし、その足で、大丈夫なのかい?」
「……は、はい。なんとか、歩けますから……大丈夫です」
月子は、つかなくても良い嘘をついていた。
男は、送ってもらう、だけの人間なのだから、別に、受け流して置けば良い。正直に、西条家から受けた仕打ちを話すこともないだろう。
これ以上、惨めな思いをしたくないと、月子は、つい、男へ適当な事を言っていた。