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月子が、おぶさっている背中は広かった。


少し煙草の香りがした義父の物よりも、断然広くがっしりとしている。


上背もかなりあり、おぶさっている月子の視界は、他人の頭のてっぺんが見えるという具合で、日頃目にする物より優に高い。


触れている男の上着の生地も、どことなく柔らかく、洋装に疎い月子でも、上質なのだろうと分かる物だ。


確かに、きちりと、中折れ帽子を被り、立派な口髭を蓄え、颯爽と洋服を着こなしているのだから、男は、おそらく、それなりの立場ある仕事につき、家族を養っているのだろう。


などと、月子が、色々考えていると、その男が、沈黙を破った。しかも、やはり、大きな声で。


「全く、街並みや、暮らしぶりは、西洋化が進んでも、人が育っていないのだから、始末に終えない」


「……え?」


「さっきの迷惑乗車だよ。あのような事は、西洋では見られない。まったく困ったものだ」


「そ、そうですか……」


男につられて、月子は、つい返事をしていた。


「そして、引ったくりだ。まあ、あの手の輩は、どこの国に行ってもいるがね。問題は、君だよ。ちゃんと、助けを呼びたまえ!声をあげなさい!」


皆が助けてくれるとは限らないが、必ず、誰かは、助けてくれる。そんなことを、男は、ぶつぶつ言っている。


「まあ、私が偶然、引ったくりの現場を見たから、取り戻すことができたが……」


男の言葉に月子は、気がついた。巾着を取り戻してもらった礼をまだ言っていなかった。


「あ、あ!あの、お礼をまだ!」


「ああ、礼など構わんよ。人として当然の事をしているだけだ」


建前とも取れる返事に、月子は、余計に焦る。


行きがかり上、仕方なくなら、なおさら、礼をしなければならない。が、果たして、すでに、男の行為は、有り難うございます。の、言葉ですまされる範囲を越えている。


「ああ、安心しなさい。私も同じ方向へ向かう所だった。気にすることはない」


月子の焦りに追い打ちをかけるかのように、男は、何の気なく言ってくれた。


「……でも……」


月子は、口ごもる。


が、そうだ、後で出直すということも出来る。


見合い先で、上手く女中として置いてもらえれば、それが、上手くいかなくても、神田界隈なら、なんらかの仕事が見つかるかもしれない。そのまま、街へ出て、給人の貼り紙を探すなり、職の斡旋をしている口入屋に飛び込む方法もあるだろう。


そうして、腰を落ち着かせてから、手土産の一つでも持って、訪ねればよい。


甘い考えだと思いつつも、なんとかなるような気がするのは、男のせいかもしれなかった。


男は、歩幅を大きく踏み出しているが、月子に揺れを感じさせないようになのか、慎重に歩んでいた。月子に負担をかけまいと、それなりに気遣かってくれているようだった。


だからこそ、やはり、ちゃんと、礼は、しなければならない。


「あ、あの!お名前とお住まいを伺ってもよろしいでしょうか?」


月子は、思いきって、男へ声をかける。


「……礼……ということかね?それには、及ばんよ。気にすることはない……」


しかし、男の方が、一枚上手というより、年の功なのか、月子の思いを読み取っていた。


「で、ですが……それでは……」


「君の気持ちも分かるがね、私は、構わないと言っているんだよ。だから、君も、よけいな気を回さなくてよろしい」


頭ごなしに言われて、月子に返す言葉はなく、男の気難しさに、その背で、ただ小さくなるしかない。


「とにかくだ、余計なことは考えないこと。そこの筋を入ったら、到着だ。君は、その後のことを考えた方がいいんじゃないのか?」


電車通りの喧騒を抜け、有名どころの店から、個人が商う商店が連なりと、景色は、いつの間にか変わっていた。


人通りも、まばらになり、繁華街から、生活臭が感じられる街並みに移っている。


言われた筋には、小店に混じり、民家らしき建物がちらほら見えた。

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