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朝食を終えた後、俺たちは外着に着替え、旅館の傍で立ち止まる。
「恋……ここの神社なんてどうだ?」
尊さんがふいにスマホをこちらに傾けた。
画面には『熱海温泉観光地』の検索結果とともに、緑深い森のような写真が映し出されている。
「來宮神社……ですか?」
画面を覗き込み、俺は思わず声を上げた。
そこに記されていたのは、およそ現実味のない数字だった。
「樹齢二千年……?!そんなすごい木がここにあるんですね」
「ああ。古くから信仰を集めている場所で、朝に持ってこいの人気スポットらしいぞ」
「いいですね、早速行きましょう!」
宿を出て坂道を下り、しばらく歩くと、そこだけ切り取られたかのような静寂に包まれた空間が広がっていた。
石畳の参道を踏みしめるたび、都会の喧騒が遠のき空気がひんやりと密度を増していくのを感じる。
道沿いには大小様々な楠木が生い茂り、幾重にも重なった葉がカーテンのように太陽の光を柔らかく遮っている。
木漏れ日が地面に描く斑模様が、歩く俺たちの足元を揺らしていた。
「うわ……見晴らしがいいですね」
「だな。深い緑が心地いい」
境内の入り口で手水を使い、清らかな水で心身を清める。
周囲を見渡すと、歴史ある佇まいの中にも、現代的なお洒落なベンチやスマートフォンスタンドが随所に配置されていた。
参拝者が自然の一部として溶け込めるよう、細やかな工夫が凝らされているのが伝わってくる。
そして、さらに奥へ。
そこに鎮座していたのは、言葉を失うほど圧倒的な存在感を放つ巨大な楠木――御神木だった。
「すごい……なんか吸い込まれそうです」
根元からうねるように広がる幹、天を覆い尽くさんばかりの枝葉。
その隙間から零れ落ちる光の粒子が、御神木の周囲に神秘的なオーラを作り出している。
見上げる首が痛くなるほどの高さに、ただただ圧倒される。
「ふっ、恋なら簡単に吸い込まれそうだな?」
「なっ、それどういう意味ですか?!」
「ははっ、さあな」
尊さんは小さく笑いながら、愛おしむようにそのゴツゴツとした幹に掌を触れさせた。
その横顔は、普段の厳格な仕事モードとは違う、どこか解き放たれたような穏やかさを湛えている。
それを見ているだけで、俺の胸の奥もじんわりと温かくなった。
「そうだ、尊さん。ここで記念に写真撮りませんか?」
近くのスタンドを指さすと、尊さんは少し意外そうに眉を上げたが、すぐに優しく目を細めた。
「ん?ああ……スタンドもあることだしな、折角だし撮るか」
スマホをセットし、タイマーを起動させる。
レンズの前に立ち、尊さんと肩を並べた瞬間、不意に大きな手が俺の肩を抱き寄せた。
グイッと引き寄せられた衝撃で、尊さんの体温と香りが一気に近くなる。
カシャッ、と乾いた音が静かな境内に響いた。
「うまく撮れたか?」
画面を覗き込む尊さんの髪が俺の頬をかすめる。
「はいっ!ピースしてる尊さんも新鮮で格好いいです!」
「そこかよ」
「へ?」
「お前ってそれ以外の感想ないのかってぐらいそればっかだよな。そんな褒めてもなにも出ないからな?」
「えっ、あ、いや!素直な感想といいますか……本当に心からそう思ってるんです!」
「ふっ……慌てすぎだろ」
からかうような視線に、俺は顔を赤くして「もう!尊さんは俺をからかいすぎです!」と膨れるしかなかった。
◆◇◆◇
一通り参拝を終えた俺たちは、境内に併設されたオープンカフェ『茶寮 報鼓』で一息つくことにした。
木材の温もりを活かしたモダンなテラス席は、まるで森のテラスのようだ。
尊さんが運んできてくれたのは、鮮やかな緑が映える抹茶と
この神社のシンボルである大楠をイメージしたという「麦こがし」のスイーツ。
「……ん、美味しい!抹茶の苦味が、このお菓子の絶妙な甘さを引き立ててますね」
「確かに美味いな。おかわりするのもアリか……」
コーヒーを啜る尊さんの口元が緩む。
テラスを吹き抜ける風が楠の葉を揺らし、さらさらと心地よい音を奏でる。
言葉がなくても、ただ隣にいて同じ景色を見ているだけで、贅沢な時間が流れていった。
その後、授与所で目を引いたのは、まるでお洒落な雑貨屋のような守札の数々。
「尊さん、これ……『大楠肌御守』。御神木の木肌で作られてるみたいです」
「いいな。恋ならこっちの『邪虫除け』もセットで買っておいたらどうだ?」
尊さんがニヤリと笑って指差したのは、例の「悪い虫」を払うというお守りだった。
「え、俺にですか?」
「変な虫がつかないようにな」
「それは……虫除けスプレーすればよくないですか…?」
「そういう意味じゃないが…まあ、いいか」
「?」
「…一応言っとくが、変な男がついたら困るって言ってるんだよ」
さらりと言ってのけた尊さんの言葉に、一瞬で顔が熱くなる。
それが冗談なのか、それとも独占欲の表れなのか――。
「つ、付きませんよ…っ」
さらりと吐かれた独占欲の言葉に、心臓が跳ねる。
でもその想いが嬉しくて、結局二人でお揃いの肌御守と、俺用の虫除け(?)を受けることにした。
「じゃあ、俺はこれにするか」
尊さんが選んだのは、深い藍色の生地に金糸で刺繍が施された、落ち着いたデザインの肌御守だった。
巫女さんから丁寧に授与されたお守りを手にすると、木の清々しい香りがふわりと鼻を抜ける。
ポケットにお守りを仕舞い込んだ尊さんが、ごく自然な動作俺の手に指を絡めて繋いできた。
手に入れたばかりの守札と、今撮ったばかりの二人の写真。
形に残る思い出が増えた喜びを胸に、俺たちは緑豊かな境内をゆっくりと歩き出した。
◆◇◆◇
「そういえば、さっきの抹茶ケーキ、本当に気に入ってたんですね」
「美味かったからな」
「ふふっ、尊さんが珍しくお代わりしたの、ちょっとびっくりしました」
そんな会話をしていると、絶好のタイミングで夕食が運ばれてきた。
テーブルを彩るのは、海の幸と山の幸が競演する豪華な会席料理だ。
宝石のように輝く寿司の盛り合わせ、網の上でパチパチとはぜるサザエやあわびの踊り焼き。
そして、メインは地元ブランド牛のステーキだ。
「わぁ……これ、全部食べれるなんて…夢みたいです」
「今日は一日歩いたしな。しっかり食べて回復だ」
箸を進めるたび、素材の旨みが口いっぱいに広がる。
ジューシーな肉は舌の上でとろけ、サクサクの天ぷらは旬の香りを運んでくる。
「こんなにたくさん、食べきれるかな……」
「焦らずにゆっくり味わえばいい。時間はたっぷりある」
尊さんの穏やかな声に促され、俺たちは一つ一つの料理を慈しむように堪能した。
美味しいものを大好きな人と食べる。
そんな単純なことが、何よりも身体に染み渡っていく。