少女は目の前の圧倒的な存在に怯えた。
そして男は少女を守る為に立ちふさがる。
「だめ……勝てないから……絶対勝てないから……」
「分かっていますよ! お、男には負けると分かっていても、やらなきゃいけない時ってのがあるんです。怖かったら大人しくしていてください」
怯える少女が男に縋り、涙目で止めようとしている。
男は振り返らずに、震えながら前に出る。
「時間を稼ぐ。これが今の僕達の任務です。ですが貴女まで怖い目に合う必要はありません。ここは僕1人でなんとかしてみせますよ」
「………………」
少女は男の背中に熱い何かを感じ、そっと背後から抱き着いた。
男は背の低い少女に抱き着かれ、驚きの声を上げる。
「なっ……」
「ごめんね。もう大丈夫。わたしも戦うよ。だから……」
「……えぇ、生きて帰りましょう」
男は優しく言って振り返り、少女の肩に手を添えた。
「パルミラ……」
「アデルさん……」
そして2人は身を寄せ合い──
「でえぇぇぇぇい!! うっとーしい!」
ドォォォォン!!
「ぎゃー!!」
「キャー!」
ネフテリアの魔法で吹っ飛ばされた。
「わたくし達急いでるのよ!? なのに何見せつけてくれちゃってるの!? いつの間にかデキてたの!? あとで尋問するから覚悟しなさいよ!?」
「うぅ……あたし達の方がイケナイもの見てるような気分に……たしかこっちが被害者だよね?」
ミューゼは少し顔が紅くなって、モジモジしている。
すっかり怒り心頭のネフテリアは、手に魔力を込め、容赦なく追い打ちを始めた。一応手加減して、空気弾ばかりを撃っている。
そしてそれらを『雲塊』で防ぐ男は、少し涙目になりながら、必死に背後にいる半透明の少女を守っていた。
「よ、容赦無いですね。えっと……」
目の前の酷い光景に、少し冷静さを取り戻したミューゼ。早くこの場を収める為には、どうしたら良いかを考えている。
しかし……
バシュッ
「わっ! なに!?」
「あっ」
ネフテリアが攻撃を止め、前方を睨む。その先には、『雲塊』の壁の後ろから、少しだけ顔を覗かせている半透明の少女がいた。
「何かされたんですか?」
「うん。魔法…というより、魔力を反射されたんです」
そのままクリエルテス人について、簡単な説明をするネフテリア。
クリエルテス人の特殊な体は、光や目に見えない力などを屈折する事が出来る。今回は魔法に込められた魔力そのものを急角度で屈折…つまりほぼ反射のような状態で撃ち返し、ミューゼ達の足元に着弾させたのだ。
「えっ、それヤバくないですか?」
「そういうワケでもないんですよ。魔法として変化している火や水の部分はどうにも出来ないので、その身に受けても大丈夫な攻撃しか返せないんです」
魔法とは、魔力を変化させて現象を起こし、その現象を飛ばすなどして操るのもまた魔力である。つまり、先程反射されたのは、魔法を飛ばす為の弾丸のような魔力だけで、空気の塊そのものは少女に当たっている。その証拠に、少女は少し痛そうに手を抑えていた。
「なるほど」
「まぁだからといって、小技で動きを止めるのが難しいのは否めません。ここはさっさと動けないようにしたいところですね」
しかし、大技は男の『雲塊』によって防がれるのは目に見えている。事実、魔法の連射を完全に防いでいたのだ。
「大丈夫ですか?」
「うん……ちょっと痛かっただけ。それよりどうしよう……」
「どうするも何も、逃げないならば、とにかく時間を稼ぐだけです。ひたすら守りに徹しますよ」
「……うん! 頑張る!」
勇気を振り絞って出口の側に佇む2人の会話が聞こえ、ミューゼは何故か妙に悪い事をしている気分になってしまい、いたたまれなくなって顔を背けてしまう。
対してネフテリアは、逆にやる気を漲らせていた。
「……ふっふっふ。良い度胸ね。絶対に後悔させてやる。泣いても許さん」
(うひぃぃぃぃ!!)
完全に悪人の顔になっている王女様。
それを間近で見てしまい、腰が引けているミューゼ。冷静になってからは、ますますどうしたら良いのか分からなくなっていた。
城内の通路では、光が飛び交い、影が伸び、衝突しては弾き合う光景が繰り広げられていた。
男は細かい攻撃を繰り返し、オスルェンシスが逃げないように足止めしつつ、影による攻撃を防ぎ続けている。
「もう抵抗は止めてください! あの子に何かあったらどうするんですか!」
攻防の合間に、説得を試みるオスルェンシス。
無害な魔法の光だが、影の体にとっては殴られるのと同じ痛みがある。影を伸ばしてそれらを防ぎ、あるいは回避し、ローブの中から影の槍をいくつも伸ばしては、光によって遮られる。
通路のように、光を遮るものが無ければ影は存在しないが、オスルェンシスには服という光に対する障害物がある。ローブと体の間に発生する影を、光がある限り無限に操ることが出来るのだ。
「そんな心配しなくても良いだろ。いくらなんでも怪我とかはさせねーよ」
しかし、操った影とはいえ、影は光によって対等に生まれる。そのため、影は光よりも勝る事は無く、劣る事も無い。つまり、オスルェンシスと男の攻防は、決着がつく事は無いという事でもある。
だからこそ魔法で光を生み出せる男が、自分の足止めをしているという事も、この戦いをまともに続けたところで突破する方法はあまり無いという事も、オスルェンシスは理解していた。
しかし……
「何も知らない少女を攫って、泣かない保証がどこにあるんですか!」
「うっ……ま、まぁ大丈夫だろ」
男は動揺した。
そして、その一瞬を見逃す程、王女のお目付け役は甘くない。
オスルェンシスは前方に走り出し、光の玉を避けて男へと接近する。
「くそっ!」
「はっ!」
接近と同時に足元から影を伸ばし、男を捕らえようとする……が、大きな光の壁を出した男には届かなかった。
男は冷や汗をかき、肩で息をしている。
「往生際が悪いですね。こんなに光を出し続けて、大丈夫なんですか?」
「っせーな。はぁ…はぁ…これしか方法無いんだからしょーがねーだろ」
悪態をつくが、しばらく光を出し続けていた男からは余裕が消えている。しかし、抵抗を止める気配は無い。
「私の足止めを確実にこなせるとはいえ、そろそろ魔力が尽きるのでしょう? 倒れても知りませんよ」
魔法には光を生む方法がいくつも存在する。火を使った『火属性の光魔法』、空気摩擦で発光する『空属性の光魔法』、そして魔力そのものを自由に発光させる『魔属性の光魔法』等。今回男が使っていたのは魔属性による光で、純粋に魔力を沢山放出して足止めをしていた。
そしてシャダルデルク人の影と違い、魔力は魔法を使えば消耗する。
「ふぅ……やっぱズリィ。魔法と違って消耗しないのは」
「そんな事ありませんよ。腕を伸ばすくらいの疲れはあります」
「そんだけかよ!」
実際、戦闘が始まってからは少し急接近したくらいしか動いていないオスルェンシスは、あまり疲れていない。消耗しきったのは男だけである。
「くっそー、城内で足止めしろって言われたが、ここまでか」
それでも魔力が尽きるまではこの場で食い止めようと、根性を見せる男。
それを察して、オスルェンシスは無理に進むよりも話を聞く事にした。
「目的はなんとなく分かりますが、あの子が泣いたらどうするつもりなんです? そもそも方法はどうするつもりなんですか?」
「そんなの、食いもんでもやりゃ泣き止むだろ。子供は優しく話してやりゃ、ちゃんと言う事聞くし問題ねーよ」
オスルェンシスは目的をある程度察しているが、それ自体にそれほど焦ってはいない。気がかりなのはむしろ──
「……出来ませんよ?」
「は?」
「話をするのは不可能です」
「何言ってんだ?」
「あの子はとある理由で、言葉を知らないんですよ。どうやって話をするんですか?」
「な……え?」
つい先日、アリエッタに言葉が通じないのを目の当たりにし、その境遇を聞いたばかりである。
その事を思い出し、身勝手な理由でそんな子供を攫った誘拐犯に、だんだんと怒りが込み上げてきていた。
「あのネフテリア様すらも涙を流す程の境遇の子に、貴方達は何をしているのですか?」
「う…ぁ…いや…」(まじか……あのトンデモ王女が? やべー……これやべーんじゃね?)
男はオスルェンシスの気迫と、気ままなネフテリアが涙を流したという信じ難い話に、それが真実かどうかを確かめる余裕も無く、だらだらと汗をかき、目を泳がせ始めていた。
「さて、あの子はどこですか?」
怒りのあまり、辺りが凍り付きそうな程、暗く冷たい声になっている。
そんな声にビクッと大きく体を震わせた男は、慌てて周囲の魔法を解除した。
「い、い、い、急ぐぜ! 俺たちであの子を取り戻すんだ!」
調子の良いセリフを吐き、顔色の悪い笑顔で駆け出す男だったが、もちろんそれで有耶無耶になる事は無い。
「とりあえずお酒を全部処分して、王妃様に報告ですね」
「やめてくれえぇぇぇぇぇ!!」
城の通路に、男の絶叫がこだました。
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