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#大人ロマンス
#サレ妻
「……健一さん、郵便よ。あなた宛てに、珍しいところからお手紙が届いているわ」
窓を閉め切り、遮光カーテンで昼夜の区別を消したリビング。
床を磨いていた健一が、ビクッと肩を揺らして私を見上げた。
彼の肌は日光を浴びないせいで青白く、その瞳は私の声にしか反応しないよう調教されている。
「……俺に、手紙……? 誰、から……」
「里奈さんよ。拘置所からわざわざ、あなたにどうしても伝えたいことがあるんですって」
私が差し出した封筒には、乱暴な筆跡で健一の名前が書かれていた。
健一は震える手でそれを受け取ろうとしたが、私はわざと手を離し、手紙を床に落とした。
「拾いなさい。……中身、読んであげましょうか?」
健一は膝をついたまま、必死に便箋を広げた。
そこには、憎悪と狂気に満ちた、里奈からの「最期の暴露」が記されていた。
『健一、あんた今頃、奈緒の足元で犬みたいに飼われてるんでしょ? でも、これだけは知っておきなさい』
『……あんたが会社をクビになる決定打になった、あの「経費流用の内部告発メール」。あれ、私が出したんじゃないわよ』
健一の目が、大きく見開かれた。
『あのメールを送ったのは、奈緒よ。あんたが私の部屋にいた夜、あんたのスマホを遠隔操作して、自分の会社を自分で告発させたのよ』
『……あんたを地獄に落としたのは、私じゃない。最初から、あんたの横にいる「あの女」だったのよ』
紙を持つ健一の手が、激しく音を立てて震え始めた。
彼は、自分が里奈のせいだと思い込み、彼女を恨むことで
唯一奈緒に依存する正当性を得ていた。
だが、その前提が崩れ去る。
「……奈緒。これ、は……嘘だろ? 嘘だと言ってくれ……」
私はゆっくりと、彼の背後に回り込み、その細くなった首筋を優しく撫でた。
「嘘? いいえ、本当よ。……健一さん、あなたは気づいていなかったけれど、あなたのスマホのパスワード、私、寝ている間に指紋を借りて解除していたの」
「……あなたが里奈さんと愛を語り合っている裏で、私はあなたの『社会的死』の送信ボタンを押したわ」
「……っ、ああ……あああああ!!」
健一は頭を抱え、獣のような声を上げてのけ反った。
信じていた「救い」が、実は自分を刺した「凶器」そのものだった。
彼は今、自分が奈緒に守られているのではなく
自分を殺した犯人の懐で、安らぎを求めていたことに気づいたのだ。
「……どうしたの? 怖い顔をして。…私を殺したい? 憎い?」
私は、キッチンのカウンターに置いてあった果物ナイフを、彼の前に放り出した。
「いいわよ、復讐しても。…でも、あなたにそれができる? 今のあなたには、私を殺した後、自分でご飯を炊く力さえ残っていないのに」
健一はナイフを見つめ、次に私の顔を見た。
彼の瞳の中で、激しい怒りと、それ以上の「寄生心」が激突し、火花を散らす。
やがて、彼はナイフを手に取ることなく
私の足元に顔を押し付けて、子供のように泣きじゃくった。
真実という劇薬さえも、彼をこの家から連れ出すことはできなかった。
彼は、自分を壊した女を、愛さざるを得ないほどに「完成」していた。