テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#怪異
41
#ハッピーエンド
当麻月菜
912
ヂ二ヂ二
15
「オー、ダンナ!キョウハ、オソロイナノネー、アーツイネェー、ナツマタキタネー」
スー・山田の戯言を、雄斗は無視して瑠華を馬車に押し込む。
それにしても、スー・山田は、何故そんな言葉ばかり覚えてくるのだろう。地頭は悪くないはずなのだから、いい加減、主人に対する言葉遣いを、覚えてほしいものである。
そんな不満を飲み込み、雄斗も馬車に乗る。向かいの席に座る瑠華と目があえば、ヘラヘラと嬉しそうにされ、雄斗は眉間を揉んだ。
(ったく、心配する身にもなってくれよ)
何かあったら自分が守り切れば良い。それは分かっているけれど、より安全な場所にいてほしいと思う気持ちをちょっとはわかってほしい。
そんな不満が爆発しそうなのに、結局は、瑠華には振り回されてばかりいる。
(こいつが本気で遊女になったら恐ろしいことになっていたな)
艶やかな着物で流し目を送る瑠華を想像して、トクンと雄斗の心臓が跳ねる。
しかしその姿を自分以外の誰かも目にする可能性があるのかと考えると、次の瞬間には、みぞおちの上辺りが、チリチリと痛んだ。
(俺は、自分が思っている以上に、馬鹿なのかもしれない……)
そんなふうに雄斗が自己嫌悪に陥っていても、馬車は遅れることなく、今日も定刻通りに銀杏堂に到着した。
ちなみに、佐野の出迎えはなかったが、コーヒーとミルクコーヒーを用意して待っていた。そして、瑠華の洋装姿に驚きもせず、目を細めて「清楚な瑠華さんに、大変お似合いです」と歯の浮くような台詞を吐いた。雄斗には、一生かかってもできない芸当だ。
──そして午後。
「それでは雄斗さん、今日は案件が多いので、少し帰りが遅くなりますね」
いつもより多めの書類を手にした佐野は、外出前に二階の作業場にいる雄斗に声をかけた。
来客があるので、日課の散歩は休みとなった雄斗は、書類を手にしたまま頷いた。
「ああ、わかった。気を付けて行ってきてくれ。なんなら、今日はそのまま返ってもいいぞ」
「お気遣いいただきありがとうございます。でも、そこまで遅くなることはありませんよ。では、行ってきます」
ペコリと頭を下げて階段を降りようとする佐野の後を、瑠華はパタパタと小走りで追っていく。おそらく見送りに出たのだろう。
書類を机に投げ捨てた雄斗は、椅子に座ったまま窓をのぞく。ちょうど佐野が銀杏堂を出るところだった。
瑠華は外に出てはいるものの、その場から動く様子はない。こちらに背を向けているので表情まではわからないが、振り返って手を振る佐野の表情が穏やかだから、きっと瑠華も笑みを浮かべているのだろう。
ほっとした雄斗は、再び書類を手に取る。窓からのぞいたのは、瑠華がそのまま外に出ることを不安に思ってのことじゃない。近くに岡倉がいないか、確かめたかっただけなのだ。
佐野の力を借りて岩亀楼の席を設けた結果、岡倉は引くほど喜んで、それはそれは夢のようなひと時を過ごしたそうだ。
しかし、それで終わりとはいかず、岡倉は雄斗と街ですれ違う度に、瑠華のことをとやかく尋ねてくる。
あまりにしつこいので、遠縁の娘を預かっていると嘘を吐いたけれど、岡倉の興味は一向に消える気配がない。
雄斗の家は元旗本で、母親は御家人の出だ。どちらも動乱期で落ちぶれることなく、家門を守り続けている。
そんな名家の血縁者を口説こうとする岡倉の神経はわからないが、世間知らずな瑠華が、女一人すら幸せにできない男の毒牙にかかるなんて耐えられない。
「……って、俺はガキかよ」
瑠華と雄斗は将来を誓い合った仲ではない。ただ偶然、助け、助けられただけの間柄だ。
衣食住を与え、何かと世話を焼いているのは、瑠華がそう望んだからじゃない。雄斗が勝手にあれこれと押し付けているだけだ。
(きっと……目的が果たせないと知ったら、瑠華は去ってしまうんだろうな……)
探し人は以前、捜索中だと瑠華には伝えてあるが、この嘘をいつまで信じてくれるのだろう。
いや、もう既に嘘だと見破ったから、今日は強引に銀杏堂についてきたのだ。きっと。
「あー……探すふりでもしとくか……」
自ら仕事を増やした雄斗は上着を脱いで、袖まくりをする。そして書類の束と格闘する速度を上げた。
年の瀬が近づいてくると、案件が一気に増える。毎日のように新たな依頼を受けるとなると、必然的に日課の散歩はお預けとなる。
今朝、馬車の中で瑠華に事情を説明したら、あっさりと了承された。できれば、その素直さは、もっと前に発揮してほしかった。
「雄斗さん、どうぞ」
可憐な声と共に、コトリ、とカップが机に置かれ、雄斗は顔を上げる。
盆を持ったままの瑠華は、心配そうにこちらを見つめていた。
「佐野さんから、お茶の淹れ方を教わったので……良かったら飲んでください。お口に合うかわかりませんが……」
「もらおう」
即答した雄斗は、一気にお茶を飲み干した。
「美味い」
素直な感想を口にすれば、瑠華は花が咲いたように笑う。微かに口に残る茶の味に、うまみが増したような気がするが、きっと勘違いじゃない。
「上出来だ」
「良かった……へへっ」
照れくさそうに下を向く瑠華が、今どんな顔をしているのか知りたい衝動に駆られ、雄斗は無意識に立ち上がる。
しかし、間の悪いことに来客を報せるベルが鳴り、雄斗の手は瑠華まで届くことはなかった。
コメント
1件
ああ、もう雄斗さんの心境が痛いほど伝わってきて切なくなりました。瑠華さんが淹れたお茶を「美味い」って即答するところ、あの照れくさそうな笑顔、すごく良かったです。でも雄斗さん、自分で「ガキかよ」ってツッコんでるところに、この人の不器用な優しさが全部詰まってる気がします。来客のベルのタイミングの悪さに思わず「ああっ」って声が出ました。次が気になります!