テラーノベル
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19話目もよろしくお願いします!
今回とても長いです💦
楽しんで頂けると嬉しいです☺️
スタートヽ(*^ω^*)ノ
小さな個室に通されたレトルトは、少し緊張しながらも、そっと髪を直して席に着く。
キヨはもうそこにいて、メニューをめくっていたけれど、目はどこか宙を泳いでいた。
「……キヨくん」
呼びかけると、ようやく顔を上げてくれる。
けれど、その表情は――いつものあたたかさがなかった。
『ん、レトさん。来たんだ』
「うん……あのね、今日の服、どうかな……?」
レトルトはもじもじと胸元を押さえながら、キヨの前で少し体を回してみせた。
うっしーと何度も悩んで選んだ、少しだけ大人っぽいシャツ。
ボタンの開き加減も、ネイビーの色味も、鏡の前で何度もチェックした。
「……似合ってる?」
返事を待つ間の数秒が、永遠にも思えた。
キヨは一瞬だけ目を向ける。
けれど、いつものように真っ直ぐに見てはくれなかった。
『うん、……いつもと違って、大人っぽいね』
「……そ、そう?」
声が上ずった。
(褒めてくれてる……? けど……)
なにかが違う。
言葉だけがポンと置かれて、温度が感じられない。
『ごめん、なんか、仕事のことでちょっと……』
キヨが目を逸らしながらそう言ったとき、レトルトはやっと気づいた。
(キヨくん、なんか変だ)
でも、何が原因なのかはわからない。
さっきまで、“逢える”ってだけで幸せだったのに。
レトルトはお冷のグラスを両手で包み込んだまま、黙り込んでしまった。
グラスの中の氷がカラン、と音を立てる。
レトルトは無理やり笑ってみせるように、話題を振る。
「……あ、あのね。駅の近くに新しくカフェできててさ、カニのクッキーあったんよ。なんかちょっと……キヨくんに似てたかも、って思って……へへ」
『……そうなんだ』
そっけない返事。
目も合わない。
レトルトの喉が、ギュッと締まる。
「あと……服、ね? 友達が一緒に選んでくれたんやけど、ちょっと大人っぽいの着てみようかなって……」
『うん。さっきも言ったけど、似合ってるよ』
棒読みのようなその声に、レトルトの笑顔が少し揺らいだ。
「キヨくん……なんか、元気ないね。無理して来てくれたん?」
『……いや、違うよ。来たくて来た。……でも』
そこまで言いかけて、キヨは口をつぐむ。
言葉にならない感情が喉元まできて、けれど吐き出すことができなかった。
(“でも”って、何……?)
(俺、なにかした……?)
レトルトの胸が、不安と寂しさで満ちていく。
それでも、レトルトは笑った。
声が震えても、笑顔だけは崩さなかった。
「そっか、疲れてるんやね……ゆっくり、ごはん食べよう。キヨくんの好きなメニュー、頼もっか」
そう言って、レトルトはメニューを開く。
手元にあるページが少し涙でぼやけて見えた。
無言が続くテーブル。
レトルトは自分の指先を見つめながら、乾いた笑いをこぼす。
(…なんか、しーんとしてるの、気まずいなぁ)
ソワソワしながら目の前のグラスを手に取る。
アルコールはあまり強くない。
でも、この場の空気がそれ以上に苦しくて、逃げ場がなくて。
「乾杯……二回目やけど笑」
口をつけた瞬間、炭酸が喉を刺した。
キヨの視線を感じながらも、レトルトはそれを無理やり飲み干す。
『レトさん、そんなに飲まなくていいよ』
ようやく出たキヨの声。
けれどそれは心配というより、どこか冷たく、距離のある響きだった。
「へへ、大丈夫。酔ってもキヨくんおるし」
『……っ』
何気ないその言葉が、キヨの心をざわつかせる。
“さっき、あいつにもそんな顔してたのか”
“あいつにも、そんな声、出してたのか”
胸の奥に黒い感情がじわじわと滲む。
レトルトは、またグラスに手を伸ばす。
無理して笑っているのが、見ている方には痛いほど伝わってくる。
「ほら、ちゃんと見てよ。せっかくうっしーが選んでくれたんやし……キヨくんに、見てもらいたかったんやで?」
『……うっしーって、随分呼び慣れてるんだな』
「……え?」
一瞬、レトルトの表情が止まる。
『なんでもない。飲みすぎんなよ』
それだけを残して、キヨはまた視線を外す。
胸の奥がざらざらとしたまま、言葉にできない思いが募っていく。
『うっしーって誰だよ』
ぽつりと呟いたキヨの声に、レトルトは箸を止めた。
冗談めかした言い方じゃない。
低くて、乾いていて、明らかに怒りを滲ませた声。
「……え、なに?」
『今日ずっとさ。うっしーが選んでくれた、うっしーがって……。そんなに大事なんだ? その”うっしー”って奴が』
「ちょ、ちがっ、そんなこと――」
『あの男には、俺には見せない顔してたよな。笑ってた、、、』
レトルトの顔から、さっと血の気が引いた。
「……キヨくん、なんでそんなこと言うの?」
『俺の知らない男に向かって笑って、名前呼んで。嬉しそうに服選んで。俺には似合うかどうか訊くだけで、目も合わせてくれないくせに』
キヨの感情は、もう止められなかった。
言葉が棘になって、レトルトに突き刺さる。
レトルトの視線がグラスの中で揺れている。
「キヨくん……楽しくなかった?」
『楽しいわけないだろ』
短く、強く放たれた言葉に、レトルトの心が崩れた。
ぐらり、と身体が揺れる。
顔は真っ赤で、でもその目はどこか潤んでいた。
「……もう、ええわ」
『……え?』
「今日は、帰る」
立ち上がったレトルトの足元は少しふらついていた。
けれど、その背中は小さく震えながらも、強がるようにまっすぐだった。
「……うっしーは、親友。ただの親友やのに……そんな言い方、ひどい」
背を向けたレトルトの声が、かすれて消えそうだった。
キヨは立ち上がることもできず、ただその後ろ姿を、指一本動かせず見送った。
個室に残されたキヨの前には、空のグラスと、冷めた料理と――
言えなかった本音が、ぽつんと残っていた。
つづく
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