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猫塚ルイ

すっかりこの店の雰囲気に馴染んだ彩美は、ストローでカクテルを一口すすると、ふと思い出したように声を少し潜めて穂乃果に顔を寄せた。
「……ねぇ、そういえばさ、安住さん。病院のほう、真鍋先生と斎藤さんのことなんだけど」
「え……?」
「あの二人、あの騒ぎのあと『自宅謹慎』になったって噂で聞いてたけどさ、結局どうなったんだろうね? 流石にあのまま普通に戻ってこられたら、私、同じ職場として本気で軽蔑しちゃうんだけど……」
彩美が少し怒りを滲ませながらそう言った時だった。
それまで二人の会話から少し離れたカウンターの特等席で、ずっと黙ってグラスを傾けていた病院の最高権力者――佐藤音治院長が、重々しく、深くため息を吐きながら酒を煽った。
「有耶無耶にするわけなかろう」
「ひゃっ……っ!?」
いきなりすぐ近くから響いた院長の低音ボイスに、彩美は文字通り飛び上がらんばかりに驚いて、背筋をピンと伸ばして固まった。完全に職場の「院長室」にいる時の顔に戻っている。
そんな彩美の様子を気にする風でもなく、音治は不快そうに眉間を寄せて、グラスの氷をカランと鳴らした。
「……少し前の話だがね、その真鍋が、こともあろうに堂々と院長室にやって来たのだよ」
「えっ!? 直樹が、お父さんの所に……っ?」
今度は穂乃果が驚いて声を上げた。まさか本当に院長室へ直接赴くなんて、普通の神経では考えられない。
「ああ。アイツは斎藤が夜勤中に何をしたのか知らなかったんだろうな。あの日、師長から報告を受けてから間もなく『今日は穂乃果さんについて知って欲しい事があって来ました』と、言ってやってきたんだ。『彼女は自分と婚約している身でありながら、浮気を繰り返し、迷惑をこうむっている。でも自分はそんな彼女でも好きですから、結婚して救ってあげようと思っています。今日はそのお許しを請いに来ました』と。ヒーロー気取りか何か知らんが、わざわざ自分の足で、あることないことをペラペラと報告しに来てくれたわけだ」
「ぶっ……! あははは! 何それ、その男バカすぎて最高じゃん!」
料理を運んでいた湊が、こらえきれずに爆笑の声を上げる。
彩美も、あまりの衝撃的なアホらしさに院長への恐怖すら一瞬忘れ、「真鍋先生、そこまで頭悪かったの……!?」と完全に呆れ顔だ。
その横で、理人は「フン、自業自得だな」と短く吐き捨て、瀬名も「そんな馬鹿、本当に居るんですねぇ」と感心したように肩をすくめている。
「当然、全てを把握していた私はその場で一蹴した。『お前のような底の浅い人間は、ウチの病院には要らん。斎藤君と共に、どこへなりと行きなさい』とな。二人とも実質上の解雇処分だ。今頃は揃って路頭に迷っているだろうな」
淡々と告げられた冷徹な事実に、穂乃果の胸には暗い喜びではなく、ただただ温かい解放感だけが広がっていった。かつて自分を生き地獄へと突き落とした存在が、父の手によって完全に一掃されたのだ。
「そう、だったんだ……」
「よかったわね。穂乃果……」
スッと隣に来て、軽くこつんとグラスを合わせる。
そして、意を決したようにナオミが音治の隣にゆっくりと腰かけた。
「そう言えば、何故娘が此処に居るのかまだ聞いていないんだが?」
ようやく話す気になったかと言わんばかりのオーラを滲ませ、音治がナオミをジッと見つめる。
いつもの艶やかなオネエの微笑みの中に、一流の『男』としての覚悟が、静かに滲んでいる。
コメント
1件
うわっ……第103話、めちゃくちゃスカッとした展開すぎて震えたんだけど!!😭💕 真鍋先生がまさか自ら院長室にのこのこ行って自爆するなんて、完全に「バカの極み」じゃん……最高に笑ったわww でも何より、穂乃果ちゃんがようやく解放感を得られたのが本当に良かった……!音治パパの「要らん。どこへなりと行きなさい」の一言が現場の空気ごと持ってって、読みながら「よっ!親父!!」って叫んじゃったよ👏💥 ナオミちゃんの覚悟の表情もエモすぎて、早く続きが読みたい!!次の話、まってるからね!!🌸