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第1話 転生タイムライン
久瀬ナギの一日は、だいたい親指から始まる。
朝起きる。
顔を洗う。
パンをかじる。
スマホを開く。
タイムラインを見る。
流れてくる投稿を眺める。
知らない誰かの怒り。
知らない誰かの昼ごはん。
知らない誰かの推し語り。
知らない誰かの失敗談。
知らない誰かの大喜利。
ナギは、その最後だけ少し長く見る。
お題。
「勇者が三秒でやる気をなくした理由とは?」
ナギは寝ぼけた目で画面を見つめた。
指が勝手に動く。
「最初の村で求人票を見せられた」
送信。
数秒後、通知が震えた。
いいねが一つ。
二つ。
五つ。
十。
三十。
ナギは口元だけで笑った。
「朝から勝ったな」
誰に勝ったのかは、自分でも分からない。
ただ、大喜利の答えが誰かに刺さる瞬間が好きだった。
自分の頭の中にだけあった変な発想が、画面の向こうで誰かを笑わせる。
それだけで一日が少し軽くなる。
学校でもない。
会社でもない。
有名人でもない。
ただのユーザー。
それでも、タイムラインの中では、少しだけ自分の場所がある。
ナギは靴を履き、駅へ向かった。
朝の街は、急いでいる人でいっぱいだった。
駅前のコンビニから出てくる人。
信号の前で小走りになる人。
イヤホンをつけて、世界を半分だけ閉じている人。
誰もがそれぞれの画面を持っている。
ナギも同じだった。
電車を待ちながら、またスマホを開く。
おすすめ欄。
普段なら見ない。
そこには、なぜ表示されたのか分からない投稿が多すぎる。
知らないダンス。
知らない炎上。
知らない美容法。
知らない猫。
知らない論争。
けれど、その朝だけは違った。
画面の真ん中に、見慣れない投稿があった。
アカウント名は、ただ一言。
転生
アイコンは水色と紫が混ざった輪。
投稿文は短い。
「次の転生者を確認しました」
ナギは眉を寄せた。
「なんだこれ」
動画が添付されていた。
再生時間は、七秒。
サムネイルには、誰かの部屋が映っている。
机。
椅子。
スマホ。
カップ麺。
ありふれた生活の一部。
ナギは指を止めた。
見なければよかった。
そう思うような予感は、まだなかった。
ただ、変な投稿だと思った。
都市伝説の作り物。
そういう動画はよくある。
「次の転生者を確認しました」
言い方が妙に淡々としていた。
電車が来る音が遠くから近付いてくる。
ホームに風が流れる。
人が少し前へ動く。
ナギは動画を開いた。
最初の二秒。
部屋の中に座る若い男が映っていた。
眠そうにスマホを見ている。
次の二秒。
男が顔を上げる。
何かに気付いたように、目を見開く。
次の一秒。
部屋の床に、水色の光が走る。
最後の二秒。
男の姿がほどけるように消えた。
動画はそこで終わった。
ナギは、画面を見たまま動けなかった。
電車の到着音が鳴る。
周りの人が乗り込んでいく。
肩がぶつかる。
足音が流れる。
ナギだけが、ホームに残った。
画面には、動画の下に文字が出ていた。
「転生完了」
その下に、能力一覧のようなものが並んでいる。
料理投稿
火加減補正
包丁術
食材鑑定
ナギは小さく息を吐いた。
「凝ってるな」
作り物にしては、妙に現実味がある。
でも、現実のはずがない。
異世界に行く。
投稿を見る。
消える。
そんな話、あるわけがない。
ナギは画面を閉じようとした。
その時、通知が震えた。
新しい投稿。
同じアカウント。
転生。
投稿文。
「次は、あなたです」
ナギの指が止まった。
画面が勝手に切り替わる。
自分のプロフィール画面。
自分の投稿履歴。
過去に書いた大喜利の答えが、次々と流れていく。
「最強の傘とは?」
「雨のほうが気を遣って避ける」
「世界一平和な武器とは?」
「殴られた相手が謝りたくなる棒」
「絶対に遅刻しない方法とは?」
「目的地が迎えに来る」
「異世界で一番困ることとは?」
「最初の説明が長すぎる」
ナギの背中に、ぞくりとしたものが走った。
「いやいやいや」
画面に文字が浮かぶ。
能力抽出中。
投稿傾向確認中。
発想形式確認中。
大喜利系統を検出。
ナギはスマホを握りしめた。
「待て待て待て」
ホームの人の流れが遠くなる。
電車の音も遠くなる。
駅のアナウンスも、まるで水の中から聞こえるみたいにぼやけていく。
足元に光が走った。
水色と紫の線。
円を描く。
文字のようなものが浮かぶ。
ナギは反射的に後ろへ下がろうとした。
下がれなかった。
足が床に貼り付いたように動かない。
「うそだろ」
スマホの画面に、最後の文字が出た。
転生を開始します。
「開始するな!」
叫んだ瞬間、ホームの景色が折れた。
まっすぐだった線路が曲がる。
天井が遠ざかる。
人の声が細く伸びる。
スマホの画面だけが、やけに近く見える。
ナギは、最後に自分の顔を見た。
画面に映っている。
駅のホームで、目を丸くしている自分。
その映像が、すでに投稿されようとしていた。
転生
新規転生者を確認しました。
ユーザー名
久瀬ナギ
能力
未確定
投稿傾向
大喜利
ナギは言葉を失った。
次の瞬間、足場が消えた。
落ちる感覚はなかった。
浮かぶ感覚もなかった。
ただ、世界の電源が一度切られたみたいに、すべてが暗くなった。
音が消えた。
体の重さも消えた。
自分が立っているのか、倒れているのかも分からない。
その中で、通知音だけが鳴った。
ぴこん。
軽い音だった。
あまりにも軽い。
人生が変わるには、軽すぎる音だった。
ナギは目を開けた。
風が吹いていた。
駅ではない。
土の匂い。
草の匂い。
湿った木の匂い。
遠くで鳥のような鳴き声。
けれど、知っている鳥とは少し違う声。
ナギはゆっくり体を起こした。
そこは、森の中だった。
木々の葉は緑。
足元には柔らかい草。
遠くに石造りの塔が見える。
塔の周りには、見たことのない形の屋根が並んでいた。
ナギは自分の手を見た。
ある。
足もある。
スマホも握っている。
「……駅は?」
返事はなかった。
ナギはスマホを開いた。
圏外。
けれど、ひとつだけ通知が残っていた。
転生タイムライン
開いた覚えのないアプリが、画面に表示されている。
ナギは乾いた喉を動かした。
「やめてくれよ」
画面には、自分の転生投稿が載っていた。
駅のホームで叫ぶ自分。
水色と紫の光に包まれる自分。
消える自分。
投稿文。
「新しい転生者が到着しました」
能力欄。
大喜利実現
ナギは瞬きをした。
「大喜利、実現?」
画面の下には、小さな説明が出ていた。
回答した状況を現実へ反映します。
発想力、納得感、場の流れにより効果が変化します。
ナギは、スマホを閉じた。
閉じた。
すぐ開いた。
やっぱり同じだった。
「夢だな」
そう言った直後、草むらが揺れた。
ナギは肩を跳ねさせた。
何かがいる。
低い息遣い。
湿った鼻音。
枝を踏む音。
草の間から、丸い影が現れた。
犬ではない。
猪でもない。
顔はトカゲに近い。
背中には岩のような殻。
口には小さな牙が並んでいる。
ナギは一歩下がった。
「初手からこれ?」
生き物はナギを見た。
ナギも見た。
数秒、妙な間があった。
次の瞬間、生き物が飛びかかってきた。
「うわああああ!」
ナギは横へ転がった。
土が服につく。
スマホを落としかける。
生き物の牙が、さっきまで頭のあった場所をかすめた。
ナギは立ち上がろうとして、足を滑らせた。
「無理無理無理!」
生き物が向きを変える。
また来る。
ナギはスマホを握ったまま叫んだ。
「ええと、お題! こんな魔物なら怖くない、どんな魔物?」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
でも、頭は勝手に大喜利の形を探していた。
魔物が走る。
牙が見える。
距離が縮まる。
ナギの口が動いた。
「近づくほど礼儀正しくなる!」
その瞬間、生き物の足が止まった。
ずざざ、と土を削って止まる。
ナギは尻もちをついた。
生き物は目の前で、ぴたりと動きを止めた。
牙を出したまま、体を震わせる。
そして。
頭を下げた。
かなり丁寧に。
ナギは息を忘れた。
「……効いた?」
生き物は、さらに一歩近づいた。
また頭を下げた。
もう一歩。
頭を下げる。
近づくほど礼儀正しい。
ナギは、笑う余裕もなく、ただ震えながら後ずさった。
「いや、礼儀正しくても怖いもんは怖い」
生き物は、ナギの足元まで来ると、牙を引っ込めた。
そして、草の上にぺたりと座った。
まるで挨拶待ちだった。
ナギは恐る恐る手を上げた。
「ど、どうも」
生き物は満足したように鼻を鳴らし、森の奥へ戻っていった。
ナギはその場にへたり込んだ。
心臓がうるさい。
手が震える。
でも、生きている。
スマホが震えた。
転生タイムラインに通知。
能力使用を確認。
大喜利実現、初回発動。
ナギは画面を見つめた。
コメント欄は閉じられている。
けれど、閲覧数だけが増えていく。
百。
千。
一万。
現実世界で、誰かが見ている。
ナギが消えた瞬間を。
ナギが異世界で初めて能力を使った瞬間を。
ナギは顔を両手で覆った。
「見せ物じゃん……」
風が吹く。
木の葉が揺れる。
遠くで鐘のような音がした。
ナギは立ち上がった。
とにかく、人を探すしかない。
駅へ戻る方法も分からない。
ここがどこかも分からない。
けれど、歩かなければ何も始まらない。
ナギは服についた土を払った。
森の出口らしき明るいほうへ歩き出す。
数分後、声が聞こえた。
「止まれ!」
ナギは両手を上げた。
木の陰から少年が出てきた。
短い緑の髪。
頬に傷。
手には木の短剣。
目は鋭いが、足が少し震えている。
「どこから来た」
「駅」
「えき?」
「いや、説明が難しい」
「魔物の仲間か」
「違う。たぶん。少なくとも今朝までは人間だった」
「今朝までは?」
「そこ拾わないで」
少年は警戒したまま近づいてきた。
ナギの服を見て、スマホを見て、靴を見て、また顔を見た。
「変な服だ」
「そっちもなかなかだぞ」
「その板は何だ」
「スマホ」
「すまほ」
「説明が長くなるやつ」
「長い説明は嫌いだ」
「気が合うな」
少年は少しだけ眉を動かした。
笑ったのかもしれない。
その時、遠くから叫び声が聞こえた。
少年の顔色が変わる。
「村だ」
「何かあったのか」
「魔物が来た」
少年は走り出した。
ナギは一瞬迷い、それから追いかけた。
走りながら、スマホが震える。
転生タイムライン。
新しい通知。
現在の状況を配信中。
ナギは叫んだ。
「勝手に配信するな!」
森を抜けると、小さな村が見えた。
木の柵。
畑。
井戸。
小さな家々。
その向こうで、煙が上がっている。
村の入口に、さっきの礼儀正しい魔物より大きな影がいた。
腕が太い。
背中に角。
目はぎらぎらしている。
手には丸太のような棒。
村人たちが逃げる。
子どもが泣く。
老人が転ぶ。
少年が短剣を構えた。
「くそっ」
ナギは息を切らしながら、その横に立った。
「勝てるのか」
「勝てない」
「正直すぎる」
「でも止める」
「かっこいいこと言うなよ。逃げづらくなるだろ」
大きな魔物が、こちらを向いた。
ナギの膝が震えた。
怖い。
普通に怖い。
さっきの比ではない。
でも、村人が逃げている。
少年が前に出ている。
自分だけ逃げるには、足が重すぎた。
スマホの画面が勝手に点いた。
能力使用可能。
ナギは唇を噛んだ。
大喜利。
ふざけた答え。
変な発想。
それが現実になる。
なら。
ナギは息を吸った。
「お題」
少年が横目で見る。
「今それ言う?」
「言わないと始まらないんだよ」
魔物が走り出す。
地面が揺れる。
ナギは声を張った。
「村を襲いに来た魔物が、急にやる気をなくした理由とは?」
脳が回る。
必死に回る。
怖さでぐちゃぐちゃになりながら、答えを探す。
強い答え。
場に合う答え。
現実にできる答え。
魔物が近い。
ナギは叫んだ。
「村の入口に、めちゃくちゃ細かい入村アンケートがあった!」
地面が光った。
村の入口に、突然、木の台が現れた。
その上に紙の束。
羽根ペン。
小さな鐘。
そして看板。
入村前アンケート
全三百問
魔物が急停止した。
棒を振り上げた姿勢のまま、固まる。
村人も固まる。
少年も固まる。
ナギも少し固まる。
魔物は看板を見た。
紙の束を見た。
また看板を見た。
その顔から、みるみる戦意が抜けていく。
魔物は棒を下ろした。
紙を一枚取った。
大きな手で羽根ペンを持つ。
問一
本日の来村目的を具体的に書いてください。
魔物は、しばらく考えた。
そして、紙を破らないように慎重に書き始めた。
ナギは口を開けたまま見ていた。
少年がぽつりと言う。
「何だ、あれ」
「俺にも分からない」
「お前がやったんじゃないのか」
「やったけど分からない」
魔物は問二を読んだ。
問二
村への破壊行為を希望しますか。
はい
いいえ
その他
魔物は悩んでいる。
かなり悩んでいる。
村人の一人が、小声で言った。
「今のうちに柵を閉めろ」
みんなが動き出す。
子どもを抱えた人。
老人を支える人。
家畜を引く人。
少年も走り、門の縄を引いた。
ナギは、その場に立ったまま魔物を見ていた。
魔物は問三十六で完全に止まっていた。
問三十六
あなたにとって村とは何ですか。
魔物は、遠い目をしていた。
ナギは小さくつぶやいた。
「深い質問にするなよ」
やがて、門が閉じた。
村人たちは柵の内側へ避難した。
魔物はまだ書いている。
問五十二。
問五十三。
問五十四。
ナギのスマホが震えた。
能力使用を確認。
大喜利実現、第二回発動。
閲覧数が跳ね上がる。
十万。
二十万。
五十万。
ナギは画面を伏せた。
「だから見せ物じゃん……」
少年が近づいてきた。
「お前、何者だ」
「それ、俺が一番知りたい」
「転生者か」
ナギは顔を上げた。
「知ってるのか」
「たまに来る。変な服で、変な道具を持って、変な力を使う人間」
「変な三連発やめてくれ」
「でも、お前ほど変なのは初めてだ」
「初対面で傷つけるのうまいな」
少年は短剣を下ろした。
「俺はロッカ」
「久瀬ナギ」
「クゼナギ」
「ナギでいい」
「ナギ。お前、村に来い」
「いいのか」
「変だけど、助けた」
「変だけどを外せ」
「助けた」
「よし」
ロッカは門へ向かって歩き出した。
ナギはその後を追った。
村人たちの視線が集まる。
警戒。
不安。
好奇心。
感謝。
全部が混ざった目。
ナギは落ち着かなくて、パーカーの袖を握った。
村に入る直前、スマホがまた震えた。
転生タイムライン。
自分の投稿の下に、新しい表示が出ている。
転生タイムライン
ナギは立ち止まった。
「……転生タイムライン?」
画面の中で、自分の転生映像が再生されている。
駅のホーム。
森。
魔物。
アンケート。
全部が、ひとつの投稿になっていた。
まるで、誰かが物語として見ているみたいに。
ナギは画面を閉じた。
胸の奥がざわつく。
ここは異世界。
能力は大喜利。
現実では自分の転生が投稿されている。
そして、この世界には他にも転生者がいる。
ロッカが振り返った。
「早く来い」
「行くよ」
ナギは歩き出した。
村の中から、焼けた木の匂いと、温かいスープの匂いがした。
遠くで子どもが泣き止む声がした。
誰かが門を直す音がした。
知らない世界。
知らない村。
知らない力。
でも、足は前へ出た。
スマホの中で、通知がひとつだけ光っていた。
次の転生者を準備中。
ナギはそれを見て、深く息を吐いた。
「まじかよ」
その声は、風に混ざって消えた。
そして、転生タイムラインは更新を続けた。
#ユーチューバー
柘榴とAI

49
しめさば
6,033
#ラブコメ
コメント
1件
わあ、読み終わりました…!これ、めちゃくちゃ面白いですね。 「大喜利で現実を変える」って発想、すごく斬新で、笑いながらもドキドキしちゃいました。特に魔物が入村アンケートに真剣に悩むシーン、ツボすぎます(笑)。ナギの軽妙な語り口も魅力的で、一気に引き込まれました。続きがすごく気になります…!