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#魔道具職人
こはる
338
742
#異世界転生
しめさば
6,417
スマホ見てたら異世界に飛ばされた件【転生タイムライン】
ナギは、いつものようにスマホを見ていた。
眠る前の少しの時間。
布団の上に寝転がり、流れてくる投稿を指で追う。
歌。
料理。
工作。
ゲーム実況。
変な検証。
知らない誰かの、知らない毎日。
その中に、ひとつだけ変な投稿が混ざっていた。
転生タイムライン。
名前だけのアカウント。
アイコンはない。
説明文もない。
投稿は、短い一文だけだった。
転生したい人、見てください。
ナギは眉を寄せた。
「なんだこれ」
怪しい。
かなり怪しい。
けれど、指は止まった。
ナギは大喜利投稿を見るのが好きだった。
変な一文を見ると、つい答えを考えてしまう。
転生したい人、見てください。
その文章に、頭が勝手に反応する。
転生したい人が、見た瞬間に一番困ることとは。
ナギは小さく笑った。
「見ただけで本当に飛ばされる」
そうつぶやいた瞬間だった。
スマホが震えた。
通知ではない。
手の中そのものが、鼓動みたいに震えている。
画面の文字が変わった。
閲覧確認。
能力履歴解析中。
投稿傾向確認中。
大喜利回答履歴を取得中。
ナギは起き上がった。
「は?」
部屋の音が遠くなる。
布団。
机。
壁。
天井。
全部が薄くなる。
スマホの画面だけが、妙にはっきりしていた。
転生タイムライン。
次の瞬間、ナギの体が落ちた。
落ちたのに、床はなかった。
風のようなものが耳元を抜ける。
スマホだけは手の中にある。
ナギは声を出そうとした。
出なかった。
目の前に、見たこともない景色が広がった。
石でできた道。
木造の家。
遠くに見える高い塔。
市場のようなにぎわい。
見慣れない服の人々。
そして、ナギは広場の真ん中に落ちた。
どさっ。
「痛っ」
尻を打った。
かなり痛い。
夢ではないと、そこで分かった。
周りの人々が一斉にナギを見る。
水を運んでいた女性が足を止める。
果物を売っていた老人が口を開ける。
子どもが指をさす。
ナギはゆっくり立ち上がった。
「えっと」
声は出た。
でも、何を言えばいいのか分からない。
その時、腰に木の短剣を下げた少年が前に出た。
短い緑の髪。
頬に小さな傷。
目つきは鋭い。
「お前、どこから落ちてきた」
ナギはスマホを握ったまま答えた。
「スマホから……?」
少年の眉が寄る。
「すまほ?」
「説明が難しい」
「なら簡単に言え」
「俺にも分からない」
少年は短剣の柄に手を置いた。
「怪しい」
「それはそう」
ナギは周りを見た。
知らない場所。
知らない人。
知らない言葉なのに、なぜか意味は分かる。
異世界。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
いや、そんな簡単に認めたくない。
でも、石の道も、塔も、服も、何もかも現実の近所ではなかった。
スマホがまた震えた。
転生完了。
対象者
久瀬ナギ
投稿履歴
大喜利回答多数。
付与予定能力
未確定。
数日で解放予定。
ナギは画面を見つめた。
「数日で解放予定って何」
少年が近づく。
「今の板は何だ」
「スマホ」
「すまほとは何だ」
「薄い板」
「薄い板がしゃべるのか」
「しゃべってはない」
「文字が出ている」
「それは出る」
少年はさらに怪しんだ。
周囲の人々がざわつく。
「転生者か?」
「またなのか?」
「前にもいたぞ」
「広場に落ちるのは珍しい」
ナギはその言葉を聞き逃さなかった。
「また?」
少年も周囲を見る。
「お前みたいに、別の場所から来た者の話はある。だが、急に落ちてくるのは迷惑だ」
「俺も好きで落ちたわけじゃない」
「なら、誰に落とされた」
ナギはスマホを見る。
転生タイムライン。
その名前が、画面の上に残っている。
「このアカウントを見たら、ここに来た」
「あかうんと?」
「そこから説明するの、かなり大変」
少年はため息をついた。
「俺はロッカ。この村の見張りをしている。お前が危険なら止める」
「久瀬ナギ。危険かどうかは、俺にもまだ分からない」
「自分で分からない奴が一番危険だ」
「正論すぎる」
その時、広場の端で悲鳴が上がった。
ナギとロッカが振り向く。
市場の荷台が倒れ、木箱が崩れていた。
その下敷きになりかけた子どもが、泣きながら座り込んでいる。
荷台の馬らしき生き物が暴れ、周囲の人々が逃げる。
ロッカが走った。
ナギも反射的に走る。
何ができるわけでもない。
でも、立ったままではいられなかった。
ロッカが生き物の前へ回り込む。
「下がれ!」
ナギは子どもの近くへ行く。
木箱がまだ傾いている。
このまま崩れたら危ない。
ナギはスマホを握りしめた。
大喜利なら、こういう時に変な答えを出す。
でも今はまだ能力がない。
数日で解放予定。
ふざけた表示が頭をよぎる。
「今、解放しろよ」
スマホは黙っている。
木箱がきしむ。
ナギは子どもを抱えて横へ転がった。
次の瞬間、木箱が崩れた。
ぎりぎりだった。
子どもは泣いていた。
ナギも息が上がっていた。
ロッカが生き物の手綱をつかみ、どうにか落ち着かせる。
広場の人々が駆け寄ってきた。
「大丈夫か!」
「子どもは?」
「転生者が助けたぞ」
ナギは地面に座ったまま、子どもを見る。
子どもはまだ泣いているが、けがは少なそうだった。
ロッカが戻ってくる。
「動けるか」
「尻が痛い」
「それで済んだならいい」
ロッカは子どもを見て、小さく息を吐いた。
それからナギを見る。
「少なくとも、今は危険ではなかった」
「その言い方、助けた人にする?」
「まだ信用はしていない」
「正直だな」
ナギのスマホが震えた。
行動記録
救助確認。
転生タイムラインへ投稿準備中。
ナギは嫌な予感がした。
「投稿?」
画面が勝手に開く。
転生タイムライン。
新規投稿。
転生タイムライン
主人公が「転生タイムライン」の投稿を見て異世界へ。
広場で初めて人を助ける。
ナギは固まった。
「これ、俺のこと投稿してる?」
ロッカが横から見る。
「文字が増えたな」
「俺の行動が投稿されてる」
「監視されているのか」
「たぶん」
ナギの背中が冷える。
転生タイムラインは、ただ転生させるだけではない。
ここで起きたことを、またどこかへ投稿している。
現実世界へ。
自分がいた世界へ。
もしかすると、誰かが今これを見ている。
スマホの下に、細い文字が流れ始めた。
コメント欄。
え、これ本物?
ナギ?
大喜利の人じゃない?
異世界行った?
助けたのえらい。
ナギは息を止めた。
「コメントが来てる」
ロッカが眉を寄せる。
「誰から」
「元いた世界の人たち……かもしれない」
「見られているのか」
「たぶん」
ロッカは広場を見回した。
「見えない相手は厄介だ」
ナギは画面を閉じようとした。
閉じられなかった。
コメントは流れ続ける。
能力まだ?
大喜利能力来る?
次どうなる?
ナギ、聞こえる?
ナギはスマホを伏せた。
手が少し震えていた。
異世界に飛ばされた。
行動が投稿される。
コメントが届く。
でも帰り方は分からない。
ロッカが静かに言った。
「立て。ここに座っていても仕方ない」
「どこへ行けばいい」
「まず村長のところだ。転生者なら話を聞く必要がある」
「俺、捕まる?」
「暴れなければ縛らない」
「やさしいのか怖いのか分からない」
「両方だ」
ナギは立ち上がった。
村人達が道を開ける。
さっきまでの視線とは少し違う。
警戒。
好奇心。
不安。
そして、ほんの少しの期待。
ナギはその視線を受けながら歩く。
現実世界では、スマホの中で投稿を見るだけだった。
誰かの毎日を流し見して、笑って、すぐ次へ行く。
でも今は、自分が見られている。
そして、自分の一歩が投稿になる。
ロッカが前を歩く。
ナギはその後ろをついていく。
途中、丸い眼鏡をかけた女性が声をかけてきた。
長い茶色の髪を後ろで結び、帳面を胸に抱えている。
「あなたが転生者?」
ナギはうなずいた。
「たぶん」
女性は帳面を開く。
「私はミレナ。村の記録係です。今の出来事を記録してもいい?」
ナギは少し迷った。
「俺、もう勝手に投稿されてるっぽいけど」
ミレナは目を輝かせた。
「勝手に記録される道具?」
「そんなに嬉しそうにしないで」
ロッカが言う。
「ミレナ、後にしろ」
「分かった。でも、これは大事な記録になるわ」
ミレナはナギをじっと見た。
「あなた、ここで何をするの?」
ナギは答えられなかった。
帰りたいのか。
ここで生きるのか。
能力とは何か。
転生タイムラインは何なのか。
何も分からない。
ナギはスマホを見た。
画面には、次の文字が浮かんでいた。
次回
能力は投稿履歴
ナギは小さくつぶやいた。
「勝手に次回予告するな」
ロッカが振り向く。
「何か言ったか」
「いや」
ナギは空を見上げそうになって、やめた。
見上げても答えはない。
答えはたぶん、このスマホの中と、この村の先にある。
広場のざわめきが遠ざかる。
知らない道。
知らない家。
知らない人。
その全部が、ナギの日常ではなくなっていく。
転生タイムライン。
たった一つの投稿を見ただけで、人生がずれた。
いや、ずれたというより、別の場所へ投げ出された。
ナギはスマホを握りしめる。
コメント欄はまだ流れていた。
ナギ、がんばれ。
これ本当に続くの?
次回待ってる。
大喜利で何とかして。
ナギは苦笑した。
「何とかできるなら、したいよ」
その声は誰にも届かないはずだった。
けれど、スマホが小さく震えた。
コメント欄に、新しい文字が流れる。
聞こえた?
今、返事した?
ナギは足を止めた。
ロッカが振り向く。
「どうした」
ナギはスマホを見つめた。
「もしかして、向こうにも少し届いてる」
ロッカは目を細める。
「なら、余計に慎重に扱え」
「うん」
ナギは歩き出した。
村長の家へ向かう道の途中で、風が吹いた。
知らない匂いがした。
土。
木。
料理。
人の暮らし。
スマホの光が、手の中でまだ消えない。
転生タイムラインは止まらない。
ナギはまだ、能力を知らない。
帰り道も知らない。
この世界の危険も知らない。
それでも、最初の一歩は踏み出してしまった。
そして、次の投稿が準備されている。
ナギは画面を閉じた。
今度は閉じられた。
けれど、手の中に残る重さは消えなかった。
ロッカが前を歩く。
ミレナが後ろから記録しながらついてくる。
村人達の視線が、背中に残る。
ナギは小さく息を吐いた。
「転生タイムライン、か」
その名前を口にした瞬間、スマホがもう一度だけ震えた。
まるで、その名前に返事をしたみたいに。
ナギは立ち止まらなかった。
怖かった。
不安だった。
でも少しだけ、知りたいとも思ってしまった。
この投稿の先に、何があるのか。
自分の投稿履歴が、どんな能力になるのか。
そして、なぜ自分が選ばれたのか。
村長の家の扉が見えてきた。
ロッカが扉の前で止まる。
「ここから先は、嘘をつくな」
ナギはうなずいた。
「分かった」
「分からないことは分からないと言え」
「それなら得意」
ロッカは少しだけ眉を下げた。
「得意でいいことではない」
ナギは笑いかけて、やめた。
扉が開く。
中から、低い声がした。
「入れ」
ナギは一歩踏み出した。
その瞬間、スマホの画面が勝手に光った。
投稿完了
次の投稿を準備中
ナギは画面を見ないまま、扉の向こうへ入った。
物語は、もう始まっていた。
コメント
1件
わあ、読み終わりました…!これ、めちゃくちゃ面白いですね。 「大喜利で現実を変える」って発想、すごく斬新で、笑いながらもドキドキしちゃいました。特に魔物が入村アンケートに真剣に悩むシーン、ツボすぎます(笑)。ナギの軽妙な語り口も魅力的で、一気に引き込まれました。続きがすごく気になります…!