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電車を何本か乗りついで着いたのは、わたしたちの年齢の子たちのお買いものスポットと人気がある東京のとある地域だった。
実はわたし、ここに来たのは初めて…ううん、こうして自分の足で来たのは初めてだった。
にぎやかな雰囲気、可愛いお店の数々に、人、人、人…。
車の中で見るのとちがって、なにからなにまで新鮮だ。
あちこち眺めながら歩いていたら、晴友くんが隣に来た。
「おい日菜…。なにさっきからキョロキョロしてんだよ。まさか初めてってことはないだろ?」
「え…あ、うん…実は、自分で来たのは初めて…。いつもは、お車に乗せて連れて来てもらってたから…」
「親父さんの?」
「ううん。お父さんの部下の方に…」
「……」
あれ…晴友くん、黙っちゃった。
「…ちゃんとついて来いよ。迷子になっても捜してやらないからな」
「は、はい…」
そうして、ちょっと歩く速度をゆるめてくれる晴友くん…。
道は行き交う人で一杯で、ぶつかったりしたらすぐ三人とはぐれてしまいそうだったけれど…
大きな身体は、ぴったりとわたしの隣についてくれた。
こ、これは、デートじゃないぞ。
そう自分に言い聞かせるけど…ドキドキしてつい浮かれてしまいそうだった。
※
衣装は祥子さんが先にオーダーしていたから、それを取りに行くだけだった。
あとこまごました物を買って、買い物は終わった。
「やーっと終わったかぁー」
荷物持ちをしていた拓弥くんが、ベンチにどかりと座った。
同じように晴友くんも不機嫌そうに拓弥くんの横にかける。
「ったく、無限に買い続けるかと思ったぜー!買い過ぎなんだよ」
「なに言ってるのよ!これはわたしたちだけじゃなくて、あんたたちの衣装の分も入ってるのよ!あと、イベントに使う細かい備品とか材料とかいろいろいろ…忙しい祥子さんに代わって、わたしが揃えてるんじゃない。本来は弟の晴友がやるべきなのにぃ」
「俺はケーキ専門だ」
「ほら、そういう態度だから私が苦労するのよ、ってあーっ!!」
突然、美南ちゃんが大声をあげた。
「なんだよ、るせぇな…」
「いけない!肝心なもの買い忘れちゃった!ちょっと付き合って、拓弥っ」
「はーぁつ?なんだよ、って、おい…!」
美南ちゃんしっかりしているのに珍しいな。
って思っているうちに、二人はあっという間にいなくなってしまった。
そしてわたしと晴友くんが、残されたっきりになってしまった。
晴友くんは、むすりとした顔で座っている。
疲れているのかな…。
わたしはこのまま帰れるけど、晴友くんは毎日夜のシフトに入っているから、今日もこのあとお仕事だもんね。
「ったく、要領の悪いヤツだな。おい日菜。つっ立ってねぇでお前も座って待ってろよ」
「あ、はい…」
そっと晴友くんの隣に座るけど…昨日のこともあってドキドキするから、ちょっと間を開けて座った。
時間は6時近くなっていた。
夏も本番を迎える今の季節。陽射しはまだまだ強くて、街の賑わいも衰えることはない。
同い年くらいにカップルが楽しそうに笑いながら通り過ぎていく。
「…指、平気なのか?」
「え?」
急に話し掛けられてびっくりした。
「…火傷、すこしはよくなったか?」
晴友くん心配してくれてたんだ…。
「う、うん、大丈夫だよ…!昨日くらいまでヒリヒリしてたんだけど、もうすっかりよくなったよ!」
「ほんとか?」
ぱし、っと手をつかまれた。
そして、そっとわたしの指を撫でた。
「ほんとだ、腫れはもうひいてるな…」
ほんとはまだすこしヒリヒリしたけれど…
それ以上に、晴友くんのその動きに胸が痛いくらいに締めつけられる。
「ね…だから大丈夫だって言ったでしょ…?」
これ以上つかまれるのが辛くて、わたしは少し強引に手を引っ込めた。
晴友くんはすこし気まずそうに言った。
「おまえは半人前の癖に無理し過ぎるところが生意気だからな。まだ無理するようなら怒っていたところだぞ」
そう言うけれど…その言葉には全然悪意が感じられなくて…わたしはふと、さっき買い物途中で美南ちゃんに言われたことを思い出した。
『ごめんね、せっかくバイト休みなのに付き合わせて。晴友がどうしても連れて行けってうるさいからさ。もう、ほんとあいつ、日菜ちゃんにイジワルしたくて仕方ないみたい』
そう言って美南ちゃんがくすりと笑ったのが不思議だったけど、今、解かった気がした。
晴友くん、本当はわたしの気を紛らわそうと思って、買い物に連れ出してくれたんだね。
わたしが自分のドジを落ち込んでいると思ったから…。
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