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a rainy day

7 - ―a letter drop―

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2024年03月25日

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ブローカー失語の緑×先天性聴覚障がいの青


Side 緑


建物のひさしの下に入ると、差していた傘を閉じて雫を振り払う。

朝から降っている雨は、まだ続きそうだ。

目の前のドアを開けると、カランカランと高くはないドアベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ」

明るい声に迎えられる。その声の主と思しき店のエプロンをつけた若い女性に、人差し指を立てる。

「おひとり様ですね。お好きなお席へどうぞ」

俺はカウンターを選んで、スツールに腰掛ける。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

席からは厨房が見渡せて、マスターのような男性がコーヒーを淹れていた。

店内の人はまだまばらで、カウンターには俺以外誰もいない。夕方ならまだしも、昼過ぎにカフェに来る人間は少ない。もっとも、ここはフードがあまりないからだろう。

メニューを開いて見ていると、おすすめというコーヒーが目に留まった。そこにはブラジルとある。

俺は卓上のベルを鳴らした。

「お決まりでしょうか」

さっきのウェイターがやってきた。俺はそのブレンドコーヒーを指さす。

「ブラジルコーヒーですね。…以上でよろしいでしょうか」

うなずくと、店員は「少々お待ちください」と言って奥に消えていった。

俺は注文がスムーズにできたことに安堵する。求めるのは少ないほうがいい。

というのも、俺にはブローカー失語という失語症がある。数年前の事故で、脳に損傷を受けた。そのせいで、俺は好きだったお喋りを奪われた。聞くことはできるっていうのに。

しばらくして、ウェイターがコーヒーを運んでくる。真っ白なカップとソーサーに、深みのあるブラウンのコーヒー。

「お砂糖やミルクはご利用ですか」と問われ、とっさに首を横に振ってしまった。

たまにはカフェでも行こうかと思って雨の日に出かけてみたり、ちょっと見栄を張りたくてブラックにしてみたり。

午後で大学の授業を終えたから、勇気を出して遠出をした。事故以来出かけることも少なくなっていた俺にしては、これも進歩。

カップを手に取り、一口含む。苦みと酸味が感じられるけど、後味はさっぱりとしている。

おいしい、と思った。初めて入る店だけど、また来てもいいかもしれない。

でもやっぱりちょっと苦くて、テーブルの上に置いてあった砂糖を入れた。するとほんの少し甘くなる。

そのとき、ドアベルの音が聞こえて誰か入ってくる気配があった。

カウンターにやってきて、俺の2つ隣に座った。何気なくそっちを見ると、このコーヒーみたいな茶色の髪の男性が、店員にメニューを指さしている。かなり決めるのが早いから、常連だろうか。

でもその「指さし」という行為が少し気になった。もしかしたら、俺と同じじゃないかって。

彼もまた、「お砂糖とミルクはご利用ですか」と問われると、わずかな間のあと首を振って拒否した。やっぱり、声を発しない。

気にかかるけど、俺は話しかけられないから何もしようがない。

BGMに混じる外の雨音に耳を澄ませながら、静かにコーヒーを味わった。

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