テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌朝───
窓辺から差し込む陽光が、薄いカーテンを透かして瞼を優しくくすぐった。
その明るさに促されるようにゆっくりと目を開けると、すぐ目の前にはまだ深い微睡みの中にいる尊さんの横顔があった。
(……昨日の夜)
まだ少し熱を持ったままの肌の感覚。
自分を包み込んでくれた大きな手、慈しむように髪を撫でる仕草。
ふだんの厳しい仕事の顔とは違う
あの熱を帯びた大人びた表情がふいに脳裏に蘇ってきて、抑えようのない鼓動がトクンと跳ねる。
「おはようございます……」
起こさないよう、けれど届くように小さな声で呼びかける。
すると、整った形の尊さんの長いまつ毛がわずかに震えた。
重い瞼が持ち上がり、その隙間に覗いた瞳の色は
いつもの鋭い光を潜め、朝露を含んだような穏やかさを湛えている。
「ん……おはよう。……今、何時だ」
寝起きの低く掠れた声が耳に心地よく響き、胸の奥が温かいもので満たされていく。
無防備な彼の姿に、なんだかたまらなく愛おしさが込み上げた。
「6時になったばかりですよ、まだ朝食までは時間ありますね」
枕元に置いていたスマホで時刻を確認しながらそう言うと、俺は起き上がろうとした。
しかし、尊さんは俺の腕を不意に引き、抗う隙もなく布団のなかへ引き戻してきた。
「っ……、尊さん?」
「もう少し、このままでいろ」
背中から回された腕の力は、拒絶を許さないほど強くて優しい。
「ふふっ、仕方ないですね」
抵抗するつもりなんて最初からなかった。
布団の中で尊さんの確かな鼓動が伝わる胸板に額を預け、混ざり合う体温を感じながらもう一度心地よい微睡みに身を委ねた。
二度寝のような贅沢な時間を過ごしてから、ようやく俺たちは体を起こした。
冷たい水で顔を洗うと、熱海特有の清々しい朝の空気が、昨夜の名残を優しく日常へと引き戻してくれた。
◆◇◆◇
部屋でくつろいでいると、ちょうど良いタイミングで仲居さんが朝食を運んできた。
「失礼いたします」
落ち着いた所作で、漆塗りの膳に乗った彩り豊かな料理が一つひとつ丁寧に並べられていく。
蓋を開けるたびに立ち上る湯気と出汁の香りに、思わず見入ってしまう。
昨夜の豪華絢爛な夕食に決して劣らない、滋味あふれる品々だ。
「んわ…おいしそ……!」
艶やかに炊き上がった白米、香ばしく焼かれた干物、色鮮やかな小鉢。
目の前に広がる出来立ての朝ご飯の匂いに食欲を刺激され、自然と顔が綻ぶ。
「いただきます」
朝日が斜めに射し込む窓際。
湯呑みから上がる湯気の向こう側で、尊さんと向かい合って箸を持つ。
ただそれだけのことが、今の俺にとっては、どんな贅沢な品よりも代えがたい「特別」な時間に感じられた。
◆◇◆◇
朝食を終えると、再び訪れた仲居さんが宿帳への記入をお願いした。
尊さんが慣れた手つきでペンを走らせるのを傍で見守り、彼女が去った後、俺はふと言葉を漏らす。
「尊さん、この後どうします?」
「そうだな……午前中は少しゆっくりしてもいいんじゃないか?」
「それなら、館内に『Second Lobby 書ヲ読ム旅人』っていう図書館があるらしいので、せっかくですし行ってみませんか?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!