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お節介なんて柄じゃない。
けれど、知ってしまったことを知らなかった前には戻れないし、いくら知らなかったフリをしようと、それはフリでしかない。
自分を騙すだけ。
そして、騙しきれないのが、自分。
史子と美佳のご主人の不倫現場と思しき姿を見た翌週、私は美佳を呼び出した。
〈急だけど、ランチしない?〉
史子を誘われるわけにいかないから、直前に。
〈いいよ! 準備するからお昼ちょっとすぎるけどいい?〉
私は、最近オープンしたとテレビで紹介されていた和食レストランの位置情報を送信した。
ちょうど開店時間直後だったため、満席となっていた店の入口に置かれた受付表に名前を書く。
スタッフに「テーブル席だと一時間近く待つことになります」と言われたけれど、それでも構わないと伝えた。
店の前の椅子に座り、スマホを開いて今朝配信されていた漫画の新刊を読む。
あまり内容が頭に入らず二回読んだが、きっと家に帰ってまた読むだろう。
美佳を呼び出したものの、何を話すつもりか考えていなかった。
美佳の不倫。
史子と美佳のご主人の不倫。
史子が美佳に不倫を勧めた理由。
私は何を伝えたいのだろう。
私は何を訴えたいのだろう。
スマホから顔を上げて首を捻ると、コキコキと音がした。
そして、ふぅっと息を吐きながら肩を落とす。
改めて考えると、私は部外者だ。
友達として言えることなんてたかが知れている。
不倫はよくない。家族にバレる前にやめた方がいい。
史子と美佳のご主人については、先に史子と話すべきだろう。
それとも、私に見られたと知った史子が、関係を終わりにするかもしれない。
遊びだと言っていたし……。
だとしたら、美佳が知る必要はない。かもしれない。
少なくとも、私が伝える必要はない。と願いたい。
関わらないのが一番なんじゃ……。
もう、遅い。
美佳を呼び出してしまった。
いや、普通にランチすればいいだけなんじゃ――。
もう一度、今度は口で大きく息を吸ってから、口から吐いた。
再びスマホを開く。
「お待たせ!」
顔を上げると、鮮やかな黄色のシフォンシャツにデニムのロングスカートを穿いた美佳が立っている。
ちょうど、スタッフから名前を呼ばれた。
「グッドタイミング!」
私は立ち上がり、意気揚々と店に入って行く美佳に続く。
店の奥の二人掛けのテーブル席に通された。
美佳は斜めに掛けていたショルダーバッグを外し、スマホを取り出すとテーブルの上に置き、バッグは足元の籠に入れた。
美佳が以前、胸が強調されるから使わないと言っていたショルダーバッグ。
私はスマホを入れたままのバッグを、籠に入れた。
「珍しいね、詩乃からのお誘いなんて」
「ごめんね? 急に。この店、テレビで見てから来てみたくて」
「私も! ヘルシー御膳っていうのがあってね? すっごいボリュームがあるのにカロリーが――」
服の色と同調するかのような高めのテンションでまくしたてる美佳は、前回同様に華やかなフルメイク。
一緒にいると、私はさぞ顔色の悪い地味女に見えるだろう。
お茶を持って来たスタッフが、オープン記念のメニューを勧めて戻っていく。
「どうしよう! ヘルシー御膳にしようと思ってたのに、期間限定とか数量限定とか言われたら、迷う~」
ギリギリまで迷った美佳は、私がオープン記念のセットを注文すると、同じものをと言った。
「ね! 聞いて、詩乃」と、美佳がテーブルに肘を立てた両手を組んで言った。
「ん?」
「週末、お泊りするって言ったじゃない?」
「うん」
「彼がね? すっごいホテルを予約してくれてて!」
『ホテル』だけ小声で言うが、すぐ隣のテーブルの、私たちより年上だろう女性二人がちらりとこちらを見たのがわかった。
「食事も美味しくて、驚いちゃった。今時のラブホテルにも、スイートルームとかフルコースのルームサービスとかあるの、知ってた?」
今度は『ラブホテル』を小声で言うも、スイートルームで何の話をしているかは隠せていない。
「あんないい部屋、新婚旅行でも泊まれなかったから、すっごい嬉しくて」
どんなにいいサービスでも、ラブホテルだ。
そして、史子と美佳のご主人は数時間でもラブホテルは使わなかった。
もちろん、そんなにいい部屋なら、シティーホテルのスタンダードルームより値は張るだろう。
それでも、だ。
「彼って、お小遣い制だからお金ないんじゃなかった?」
「ん? うん。ボーナスが入ったらその分のお小遣い貰えるから、それで払ってくれるって」
ボーナスって、普通なら六月から八月?
祥平の会社は、七月と十二月。
そして、今は二月。
ボーナス払いで家電買うみたいに、ホテルの支払いって……。
それなら、彼がクレジットカードで支払えばいい。
だが、カードの使用明細で奥さんにバレる可能性が高い。
ついでに、ボーナス払いの支払い月まで美佳との関係が続いているかもわからない。
関係が続いていても、払ってくれるとは思えないけど……。
「楽しかったんだね」
「うん!」
「家族にもバレずに済んで、良かったね」
「うん!」
『良かったね』なんて心にもないことを……。
じゃあ、バレてしまえばよかったのか。
そんなことは思っていない。はず。