この作品はいかがでしたか?
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アザレアが十六になるまであと三ヶ月程しかない。端的に言えば時間に余裕がない。なので慎重にことを進めていかなければならなかった。
アザレアの知り得たことを全て隠した状態で、この短期間にリアトリスを説得はできそうにないだろう。親バカだが、どんなに可愛い娘の話であっても、筋の通らない話には耳を傾けない人だからだ。
かといって、前世の話をしてもすぐには信じてもらえない。なので三日間寝込んだことで、先見の力が目覚めたことにして話をすることにした。
これもかなり強引かもしれないが、今までも先見の力を持つ人間は何人かいた。少なくとも
『前世の記憶をもっていて、その中でこの国の話を物語として読んだ』
なんて話よりはよっぽど信憑性がある。後はリアトリスを説得できるだけの、アザレアのプレゼンにかかっていた。
翌朝の朝食の時にリアトリスに時間をもらえないか訊こうとしていたが、まだ本調子ではないアザレアのために、朝食は自室でとることになり、リアトリスに訊く機会を失った。
午後になりやっと侍医よりベッドからでても良いと許可をもらったので、リアトリスの書斎を直接訪ねることにした。書斎のドアをノックすると、リアトリスの不機嫌な声で
「なんだ!」
と返ってきた。アザレアはドアの前に立ったまま書斎の中にいるリアトリスに話しかけた。
「お父様、アザレです。少しお話ししたい事があってやってまいりました、でもお忙しいようなのでまた後ほど伺います」
すると中から公爵がたてるとは思えないぐらいのドタドタとした足音が聞こえ、ドアが勢いよく開くと、リアトリスが部屋から飛び出してきた。
「アザレ待ってくれ、お前のことより忙しいことなどあるはずがあるまい。部屋に入りなさい」
手招きをしてアザレアを書斎へ招き入れた。 そんなリアトリスの様子に書斎のドアの横に立っていた執事のストックが、少し戸惑ったような困った表情をした。が、直ぐに表情を戻し
「旦那様、そのようになさったらお嬢様がびっくりなさいますよ。ではお嬢様こちらにどうぞ」
とアザレアをソファへ掛けるよう促して、お茶を準備するようにメイドに指示した。
書斎には、ドアの正面に大きなバルコニーを背にリアトリスの机があり、その手前、ドアを入ってすぐの場所に革張りの重厚感のあるソファとテーブルがセッティングされている。左右には領地のことやこの国の歴史書等の本が並んでいる本棚がある。よく見るスタンダードな書斎といったところか。
言われたままによく鞣した革でできた座り心地の良いソファに腰掛けると、メイドが紅茶を書斎に運んできた。
アザレアは、メイドが紅茶を入れるまで無言で待っていた。良い香りを漂わせた温かい紅茶が目の前に置かれると、リアトリスが口火を切った。
「誰かに聞かれては困る話なのか?」
アザレアは頷くと、真剣な顔を作って言った。
「人払いをお願いします」
なんと言ってもこれから話す話は、先見ができるようになったとか、夢で見たとか突拍子もない話だ。下手すると三日間寝込んでいる間にどうかしてしまったと思われてもおかしくない話で、信用できる人間にしか話せない。
「わかった、ストックは残しても良いか?」
ストックは長年この屋敷で執事を務めており、リアトリスの右腕と言っても過言ではない。大変優秀な執事で信用できる人間だ。
これから動くにあたって、この話を知っているのはリアトリスだけ、というわけにはいかないだろう。なので、ストックにも話を聞いてもらう必要があった。
「ストックは残ってちょうだい」
アザレアがそう言うと、リアトリスはストックに向かってうなずき軽く右手を上げた。それを合図にストックがメイド達に目配せすると室内にいた使用人は、ストック以外全て廊下に出ていった。
「お父様が信じてくださるかはわかりませんが、三日間寝込んでいる間にどうやら私、先見の力が覚醒したようですの」
話を止めてリアトリスの顔色を伺う。目をつぶりながら聞いている。今のところ呆れた様子もなければ驚くそぶりもない。黙っていると一瞬目を開けて
「続けなさい」
とアザレアに話の続きを促した。
「私が知ったことは、今年聖女が召喚されること。|私《わたくし》が来年の高等科入学を待たずに毒殺されること。その出来事によって、寂しくなってしまったお父様が、現在よろしくなさっているユリオブス侯爵未亡人と再婚されるのですが、ユリオブス侯爵未亡人によって散財され困窮、追い打ちを掛けるかのようにお父様は病気に倒れ、領地を統治できなくなり、爵位と領地を没収されてしまいますの」
ここまで一気にまくしたてると、リアトリスはシワをよせた眉間に右手をあて、左手はこちらに向けてアザレアを制止した。
「まて、まてアザレ。お前は私とユリオブス侯爵未亡人と、その、なんだ。そういうことをいつから知っていた」
アザレアは即答する。
「三日間寝込んでいる間に夢の中で、ですわ。続きを話してもよろしいでしょうか?」
リアトリスは眉間のシワをもみながら、更に左手でそれを制した。
「待ちなさい、お前は自分が死ぬかもしれないというのに、なぜそんなに平然としていられる」
「お父様、勘違いしないでください。その死から逃れるために今こうしてお父様に突拍子もないことを話しているのです。この話し合い自体が私にとって生き残るための手段なのです。悲しんでいる暇などないのです」
アザレアの勢いに、大きくため息をつくと、アザレアと向きあうように座り直し言った。
「わかった、すまない。話をつづけなさい」
アザレアはそれから、ケルヘール領土内にダイヤモンドの鉱脈があることと、そこに今までで一番大きな結界石ができるほどのダイヤモンドが眠っていること。
そしてその鉱脈がある場所の正確な位置。更に二年後には大きな干ばつがあるのだが、リアトリスの病気の悪化で天候調整の魔法ができず、ケルヘール家の領土では甚大な被害がでてしまうこと。
実は我が領土内に大きな水脈があってそれを利用すれば、もしもリアトリスが病気になっても干ばつで被害がでることがなくなること。
そもそもお酒を控えればリアトリスの病気はさほど酷くならないこと。など、アザレアが記憶から知り得た知識で、リアトリスには有益だと思われる情報を一気に話した。リアトリスはしばらく何か考え
「他にも色々知っていそうだな」
と、ため息をついた。アザレアは微笑んだ。
「知っておりますけど、とりあえず私には時間がないので、必要なことだけ」
リアトリスは、そんな娘の顔をじっと見つめた。
「お前はどうしたい?」
アザレアはしばらく思案して答えた。
「私が話した情報をお父様にはうまく活用していただきたいということと、王太子殿下の婚約者候補の辞退。そして来年の高等科入学までの間、ロングピークで過ごしたいのです」
リアトリスは腕を組んでしばらく考え込んだ。執事のストックは顔色一つ変えずにリアトリスの後ろに控えていた。そして、リアトリスはやっと口を開いた。
「わかった、一番難しいのは婚約者候補の件だが、恐らくはそれがお前の死の原因のひとつなのであろう? ならば考えるまでもないな」
アザレアは、あまりにもすんなり話が進んだので、信じられず拍子抜けした。
「お父様、信じましたの?」
するとお父様はニコリと微笑み
「私のアザレはこんな嘘をつく子ではないからな」
と、アザレアの頭を優しくなでた。嬉しくなり、泣きながらリアトリスに抱きつく。リアトリスはアザレアが落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。リアトリスの後ろに立っているストックは、静かに涙を拭いながら頷いていた。
「よし、では私はお前の情報をもとにこれから忙しくなるだろう。お前の行くロングピークは遠いからしばらくは会えないが、手紙を書く。お前もちゃんと無事を知らせなさい」
そう言うと、後ろに立っていたストックに向かって言った。
「グラジオラスを呼び戻せ」
そこからお父様の行動は早かった。すぐに国王陛下に使者をだし、婚約者候補辞退の意向を伝え、月に一度ある会議、カングレスにて婚約者候補の辞退をかけあう許可をいただいた。迅速に話が進み次のカングレスで議題にかけることができた。
おかげで、完全に承認とまではいかないものの、アザレアが十六になる八月までには決着が付きそうとのことだった。
婚約は当人同士の問題ではなく、家同士の結びつきと派閥や利権が絡んでくるのでややこしい。傍目に見ると我がケルヘール家が婚約者候補を辞退することのメリットは一つもない。
そうなると裏があるのではないかと疑惑の目を持たれ、はいどうぞと素直に聞いてはもらえないことも考えられた。そうしてぐだくだと、結局婚約者が発表になるまで辞退できないということも十分あり得た。
リアトリスを味方につけることができて本当に良かったと思う。あまりにも簡単に、リアトリスが娘の言っている話を信じたことに疑念も残ったが。
リアトリスが婚約者候補の辞退の件と並行して腹心のグラジオラスとダイヤモンド鉱山を掘ることと、水脈を掘り水路を作る事業も行っているのには、舌を巻いた。
改めて、アザレアは自分の父親が凄い人物なのだと実感した。公爵とは名ばかりではない、と言うことだと思った。
記憶によると干ばつのときに、リアトリスが病気で倒れる原因は、アザレアが死んだことによってお酒の量が増えたためなので、アザレアが死ななければお父様の病気も回避できそうなのだが、今度は過労で倒れてしまわないか心配になったほどだ。
お父様が忙しくしている間に、アザレアは領地に行く準備を進め、お父様とのあの話し合いから一ヶ月ほどで出発の準備は整った。
殿下とはずっと会っていない。婚約者候補が病気で倒れようが、婚約者候補を辞退しようが一切構わないようだった。いっそ清々しくもある。
このまま死なずに過ごし、鉱山が軌道に乗り、ケルヘール家が安泰となればそのうちアザレアも結婚し、殿下を好きだったことなど忘れられるだろう。
ロングピークへ行く馬車に乗る瞬間、この一歩が私の人生を変える一歩だという気がして、気が引き締まった。
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