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その後、玲は元気を取り戻したようで、いつものように姉と三人で夕飯を食べ、風呂上りには一緒に英語の宿題をやってから就寝したのだったが。
「あ……嫌!」
隣の部屋から小さな悲鳴が聞こえ、仁太は目を覚ました。起き上がって電気を点け、襖越しに声をかける。
「玲くん?」
返事はない。
「開けるよ」
静かに襖を開けると、玲はベッドに横たわったまま、こちらに顔を向けた。
仁太は、襖に手をかけたまま言う。
「大丈夫?」
玲は、目をこすりながら上体を起こす。
「ごめん。僕、寝言言ってた?」
「うん。ちょっとね。嫌な夢でも見た?」
少し迷ったが、部屋に入り、テーブルのそばに腰を下ろす。
「うん……」
「あっ、別に言わなくてもいいよ」
仁太は慌てて手を振ったが、玲はぽつりぽつりと話し始めた。
「今日、あんなことがあったから、久しぶりに殴られる夢を見た。最近は見なくなってたんだけど」
あぁ、かわいそうに。夢の中でまで、そんな辛い目に……。
「もっと言いたいことはあったけど、突然だったから、あんなことしか言えなかった。あいつにだって言ってやりたいことはあるけど、顔を合わせるのは嫌だし、どうせ何を言ったって通じないだろうし……」
「でも、お母さんには、玲くんの気持ちはちゃんと伝わったと思うよ。それに、決して許されることじゃないけど、お母さんも、平気だったわけじゃないと思う」
「うん……」
「なんだか喉乾いちゃったな。玲くんは?」
「あぁ、うん」
「なんか飲まない?」
連れ立ってキッチンに行くと、風呂上がりの兄が、スマートフォンを見ながら缶ビールを飲んでいた。
「どうした、こんな時間に二人して」
兄ちゃんこそ、と思うが口には出さない。毎日遅くまで仕事をしている将来の社長は大変だと思うだけだ。
「喉が渇いたから、なんか飲もうと思ってさ」
「今まで起きてたのか?」
「うぅん、寝てたんだけど、たまたま同じタイミングで起きちゃってさ」
「ふぅん、ずいぶん気が合うな」
「まぁね」
仁太は冷蔵庫を開ける。
「玲くん何にする?」
玲もやって来て、一緒に冷蔵庫を覗く。
「お茶かな」
「だね」
仁太がペットボトル入りのお茶を取り出すと、玲がグラスを二つ出してテーブルに置く。
グラスにお茶を注いでいると、兄のスマートフォンが震えた。兄はちらりと見て、すぐに画面を閉じてテーブルに置く。
「出なくていいの?」
「あぁ、いいんだ」
兄はビールを飲み干すと、立ち上がって言った。
「それ飲んだら、早く寝るんだぞ。ちゃんとトイレもしてな」
「わかってるよ」
「じゃあな、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
兄は、空き缶を片付けて部屋を出て行った。
「トイレくらい、言われなくても行くっつーの。まったく、姉ちゃんも兄ちゃんも、いつまでも子供扱いするんだから」
椅子に腰かけ、グラスを手に取りながらぼやくと、隣に座りながら玲が言った。
「さっきの、彼女かな」
「え?」
あまり人の噂をしない玲が、そんなことを言うのはめずらしい。
「お兄さんってモテそうだよね」
「そう?」
「イケメンだし」
「えっ、そうかなぁ」
たしかに、兄はしゅっとしていて、学生時代にはきれいな人と付き合っていたのも知っているが、玲に言われると、なんだか面白くない。
「そうだよ。イケメンだよ」
な……なぜわざわざもう一度言う? もしや玲は、兄のことを? ま、まさか、そんな馬鹿なっ!
一人心の中で激しく葛藤していると、お茶を飲み干した玲がのんびりした声で言った。
「あーおいしかった。もう寝なくちゃね」
「あっ、うん」
仁太も慌ててお茶を飲む。
玲は別に、兄のことが好きだというわけではなさそうだ。なぜなら、兄に彼女から連絡が来たのではと言いながら、平気な顔をしている。
まぁそれならいいが、それでもやっぱり面白くはない。これはつまり、恋するゆえの嫉妬というやつなのか……。
次の休日はいい天気だったので、今度こそ動物園に行った。
パンダの写真も玲の写真も、パンダとのツーショットやパンダと玲と仁太のスリーショット、さらには玲と仁太のツーショットも撮れた。
喜びはしゃぐ玲はとてもかわいかったし、売店ではホットドッグもソフトクリームも食べたし、仁太は大満足だ。だが、楽しいことはそれだけではなかった。
ほかの動物も一通り見て、最後にもう一度パンダを見て、帰り際、売店に立ち寄ったのだが、パンダのぬいぐるみを見た玲が叫んだ。
「かわいい!」
キラキラした目で、棚に陳列されたぬいぐるみを見つめる玲に、仁太は聞いた。
「ほしい?」
「うん」
ぬいぐるみから目を離さないまま答える玲。
「じゃあ、僕が買ってプレゼントするよ」
「えっ?」
驚いたようにこちらを見る玲。
「そんな、悪いよ。自分で買うよ」
だが、仁太はぜひともプレゼントしたい。そこで提案した。
「じゃあさ、ぬいぐるみは僕が買うけど、玲くんは、何かちょっとした、二人でお揃いのものを買ってよ」
「でも、ぬいぐるみ、高いよ」
ぬいぐるみの相場がわからないが、たしかに、ちょっといいシャツが買えそうなくらいの値段ではある。
だが、仁太は言った。
「そんなこと気にしなくていいよ。これでも、僕も一応社長の息子だし」