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勢い良く倒れる母親の姿。鬼のような形相をした父親の姿。
これが僕の日常であり、僕の家庭内を形作るものである。
「ごめんなさい」と謝り続ける彼女に対し、「お前がそんなだからアイツはああなってしまったんだ」と怒鳴りながら暴力を振るう彼。
見過ごすことの出来ないそれに、いつも僕は止めに入ってしまう。
「やめて、母さんは悪くない」
敵意の含んだ瞳を向けると、先程まで母親に対して向けられていた拳が自身へと振り被せられる。
虐待だと知られれば、彼を警察に突き出すことなど他愛ない話だろうけど、そんな彼でも、愛してやまない彼女がやめてくれと言うのだから、僕は喧嘩中に止めに入り、打撲や傷を負って登校するしか手段はなかった。
痛くて、泣きたくて、でももっと辛いのは彼女なんだって我慢して。
打撲痕が見えないように、今日も変わらず登校する。
「行ってきます…」
学校に着いてしまえば心は何かと楽だった。
コミュニケーションを取ることは昔から苦手ではなかったけれど、相手が話しかけて良い状態なのかを深く考えすぎてしまうので、挨拶をくれた人にだけ、挨拶を返すようにしている。
「誰かに自ら話しかけに行かない」、「いつも傷を負っている」、と、そんな噂が立つ頃から、僕の周りには誰も寄り付かなくなっていた。
暇だろうからと生徒から、先生から押し付けられた材料運びを終え、夕暮れに染まる廊下を歩いていたある時、僕は「それ」を見てしまった。
何者にも染まらないような絶妙な距離感を保ちながら話す器用さ、時には自身の用事で皆に任せてしまうこともあるだろうけど、それさえもお互い何も気にしないような信頼性。
自分と似たような行動を取っている彼でも、生じてしまうこの差は一体何なのだろう。
正体が分からないモヤモヤを抱えながら、なんとか違和感を見つけたいという一心で、その日から彼の行動を目で追うようになっていた。
彼と、その横に居た彼の友達らしき人に正体がバレてしまったことに、内心凄く焦ってしまったものの、その日の帰り道、いつも重くなる自宅への足取りがとても軽くなったような気がした。
「明日には誰かと話せる」。そんな妙な緊張感や幸福感を胸に抱きながら、自身の髪と同じ色の歩道をゆっくりと渡った。
瞬間、先程まで踏んでいたはずの歩道が、顔に冷たく当たるのが分かる。けれど、分かるのはそれのみで、自分の身に何が起こったのか、突然の出来事で頭が回らなかった。
意識がぼんやりと薄れていく際に聞こえた声は、凄く聞き覚えのある声だったことは、それだけは分かった気がした。
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「…遅いなぁ」