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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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舞台では、古びたピアノを男子学生が真剣に演奏している。


コロコロと坂道を転がるような、愉快で爽快な音楽に、客席からはわっという歓声と手拍子が起こった。


「よっ!西田!」


「この男前っ!」


掛け声に、どっと笑い声が巻き起こる。


瞬間、うーんと、梅子が顔をしかめた。


「田口屋さんったら、せっかくの演奏なのに……」


茶々を入れすぎだと梅子は言いたいらしい。


何の事かと、月子が、呆れる梅子の視線をたどってみると、一階の隅で二代目が、声を掛けていた。


「これじゃあ、まるで、歌舞伎ですよぉー」


「ふふふ、梅子さん、大向《おおむこ》うね」


月子の母が、嬉しそうに言った。


梅子は、そうだそうだと、歌舞伎の芝居中に常連客がひいきの役者に声をかける仕草、大向うじゃないかと、二代目のことを揶揄し始める。


それを見て、月子の母は、また笑った。


月子は、母が本当に楽しそうにしている事に驚きつつも、何かほんわか心が暖かくなった。


幸せ……、とは、こういうことなのか。


岩崎といる時も、恥ずかしながらも、嬉しくなる。


そして、幸せという言葉が重い浮かんでくるのだが、今の母の姿を見てのそれは、岩崎の時と少し異なっている。


辛い暮らしがあった事を忘れさせてくれる母の笑顔は、月子にとって、胸に迫るものがあった。


気がつけば、涙がにじんでいた。


「えーと、もぅつあると、とるこ行進曲だそうですよ?行進するときの曲なんですかねぇ?異国では、こんな軽やかな曲でどうやって行進するんでしょう?ピアノ学科の西田浩太郎さんの演奏だそうですねぇ……」


梅子が、紙切れを見ながら呟いている。


月子は、涙を浮かべていることが梅子には、ばれなかったかとホッとしながら、そっと横を向くと、目元にハンカチを当てた。


と、同時になぜ梅子が、曲のことを知っているのか気になった。


まるで、岩崎のように詳しい。事前に岩崎に教えられていたのだろうか?不思議に思い、つい、尋ねてみる。


「あっ、これですか?演目表ですよ!私達は、男爵家の者ですから頂けましたけどね、田口屋さんたらっ、一枚一銭で売っているようで、升席を回ってたんですよ!それも!月子様!一枚三銭のところを、特別に一銭だっ!なんて、叩き売り状態っ!!」


梅子は、あきれながら、安っぽい紙に手書きされた演目表を差し出してきた。


演奏曲と演奏者の名前が記されている。


「でも、これが、あるとよくわかりますよね」


「ですけどー、月子様?何も煽るような商売しなくても!こんな紙切れ、皆に配れば良いのにー!田口屋さんもしっかりしてるわ」


梅子の愚痴も分からなくはないが、いかにも二代目らしいと、月子は込み上げてきた笑いを堪えた。


客席では、観客の手拍子と、様々な掛け声が止まらない。


実際、演奏は、素晴らしいもので、曲調も、早い流れの明るく弾ける感じのものだった。


ここで、笑っては、皆に誤解されると、月子は場違いにならない様、必死に笑いを押さえ込む。


「あら、月子!お咲ちゃんも、たいしたものよ!」


すっかり、舞台に魅了されていた母が、お咲を見てみろと月子へ言った。


言われて、お咲きを見ると……。


「ちゃららん、ちゃららーちゃらららーらー」


沸き起こっている手拍子に合わせてか、ピアノ演奏に合わせてか、お咲はいつものように曲を口ずさみながら、手拍子付きで踊っていた。


お咲も、場の雰囲気に飲まれたのだろう。


「あー!お咲!そんなにドタバタしない!ここ、古いんだから、底が抜けちゃうよっ!落っこちるよっ!それより、じっとしてないと、自分の番が来た時、疲れちゃうでしょ!」


梅子の厳しい一言に、


「は、はい!!」


お咲も、はっとして、動きを止めた。


それでも演奏が気になるようで、桟敷席の縁にしがみつき、舞台を眺めている。


「ああ、落ちないようにしなよっ!乗り出しちゃだめだよ!しっかり、掴まって!」


これでもかの梅子の注意に、お咲は、素直に返事をし、お咲なりに我慢しているのか、控えめにピアノに合わせて口ずさんで、大人しくなった。


やはり、自分の番が来るという言葉が堪えたのか、お咲なりに先のことを考えているようだった。


ピアノの演奏は無事終わり、学生は立ち上がると、深々とお辞儀をして、下がって行った。


「えーー、ピアノ学科、西田浩太郎君の発表でした。続きましてぇ……」


花園劇場の支配人が、トコトコと舞台中央へ歩む出て、演者の紹介をする。


そして、次の発表者が出てくる。


女学生による、声楽、歌曲のようだった。


女子の登場に、会場は、大きくどよめいた。続いて、やんややんやと、訳のわからぬ掛け声がかかる。


当然、演者本人は、この異常な盛り上がりに目を白黒させるが、ななんとか体制をとると唄い始める。


流れる高音に、おおおーーと、地を這う様な驚きの声が上がり、皆、身を乗り出して聞き入った。


当然、合間合間に、しゅーべると!べっぴんさんっ!などなど、掛け声は忘れていない。


そんなこんなで、下町風情丸出しの演奏会は、滞りなく進んで行く。


多少ずれた雰囲気ではあるが、観客が心から楽しんでいるのは、学生達にも理解できたようで、とまどいながらも、演奏が終わり行う礼では、朗らかな笑顔を浮かべていた。


「月子、すごいねぇ、学生さんだというのに、本当に、すごいねぇ!」


「ほんと!母さん!凄いよね!」


桟敷席では、月子親子が、興奮しきっていた。


母と二人揃って、催しを観るということなどなかった。蔵に押し込められた生活だったのだ。それだけに、月子は、母と外の世界に居られるということが、まさに夢のようで嬉しくて仕方ない。


そこへ、上質な音楽とくれば、凄い、凄いを連発してしまうのも当然のことだろう。


「喜んで頂けて光栄です」


喜びきっている親子の背後から声がした。


月子親子が振り向くと、岩崎が少し照れくさそうに立っていた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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